変 態 ― metamorphose ―【完】
そこまで強く責めるように言ったつもりはないし、実際には綴の身体を突き飛ばしたりもしていない。
そもそもここはカラオケで、そんなことをする場所ではない。

あたしはなにひとつ間違ったことをしていない。

それでも綴の横顔がひどくさみしそうだったので、あたしは「また今度ね」と宥めた。
Tシャツと素肌の間で、中途半端に浮いたブラジャーの気持ち悪さを感じながら、丸まった背中をあやすように撫でる。

綴は眉を下げて哀しさをいっそう滲ませてから、躊躇いがちに微笑んだ。

「うん。今度、ゆっくりしよ」

いい言葉だな、ゆっくりって。
曖昧だけど、それだけでしあわせが約束された気がする。


正方形のちいさな一室で、綴とあたしは時間いっぱいまで肩を寄せ合った。

やっぱり疲れていたのか、綴はすぴすぴと寝息を立てて眠った。
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