変 態 ― metamorphose ―【完】
茶碗蒸しの最後の一口を頬張ると、チカくんがまだ手つかずの茶碗蒸しを差し出した。

「茶碗蒸し、好きかと思って」

「でも、これチカくんの分でしょ」

「おれというより、八重子さんの分」

会食は四人分で予約していた。
八重子さんの分をどうしようかと考えていたら、あっちゃんが「チカが食べるから大丈夫」と言ったのだ。
チカくんがそんなに食べるだろうか、と思ったけれど、チカくんは無理する様子もなく、ふたり分の御膳を食べ進めた。

ああ。やっぱり、男の人、なんだ。

漆塗りの箸を持つ手は、はじめて会ったときよりもいくぶんか血色がよくなっていた。
綴よりも、少し大きい手。
その感触が、ふつふつとよみがえる。

忘れたいのに、忘れようと思えば思うほど、記憶が身体に刻まれる。
人間って、なんて不自由だろう。

ボタンひとつで忘れられたらいいのに。
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