変 態 ― metamorphose ―【完】
「疲れてるなら、ネクタイゆるめたら? もう、あたししかいないし」

「いや……。いいよ」

チカくんは目を伏せ、ネクタイの結び目にそっと手を当てた。


――チカくん、ネクタイ曲がってる。


法要がはじまる前。あたしがそう伝えると、チカくんはネクタイを直しはじめた。
不器用なのか、結び慣れていないのか、いつまでたってもネクタイは歪んだままで、むしろひどくなった。

しびれを切らしたあたしは、ネクタイに手をのばした。

いいよ、と断るチカくん。
それでも手を引っ込めないあたし。

観念したチカくんが屈むと、ミントの香りが漂って、触れたネクタイからは生ぬるい体温が伝わった。

目が合わないように、とにかくネクタイだけを見て手を動かした。
結び直したネクタイは、いまいちな出来栄えだった。
高校の制服がネクタイだったから、結ぶのには慣れていたはずなのに。

それでもチカくんはじょうずだね、と褒めてくれた。

「そうだ。あたし、チカくんの小説読んだの」

「え、読んでくれたの?」

見開かれたチカくんの目が、ぱっと輝いた。

言うんじゃなかった。
こんな目を向けられるなんて思わなかった。

そろそろと逃げるように視線を落としてみても、一瞬で瞼に焼きついてしまった輝きが離れない。
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