変 態 ― metamorphose ―【完】
だから輝子さんには感謝してる、と言ってチカくんは微笑んだ。
月夜のひかりように静かに美しく、穏やかに。

チカくんにとってママはとても特別な存在なのだろう。
好きとか憧れを超えた、もっと別の、その先の存在。

これまであたしが見てきた男の人たちがママに向ける感情とは、きっとまったく違う。

「なにか甘いものでも頼もうか」

「あたしはいいよ、お茶だけで」

「疲れたときは甘いものがきくよ」

「……じゃあ、頼もうかな」

座布団のうえで、あたしはこっそり足の指を閉じたり開いたりしていた。
まだ数回しか履いていないパンプスはローヒールではあるものの、爪先も踵もピリピリ痺れた。
冠婚葬祭用に、とママが買ってくれた黒いワンピースも、硬くてしっかりとした生地がフォーマルな雰囲気を出してくれる反面、うまく身体に馴染まず、あちこち窮屈だった。

まさか買ってくれた本人のお通夜で、はじめて袖を通すことになるなんて。

なにが起こるか、本当にわからないな。
悪いことも、いいことも。
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