変 態 ― metamorphose ―【完】
ふふっと笑みがこぼれる。
やけに身が軽いな、と思ったら、スマホも財布も持っていなかった。
その身ひとつだけで外に出ていた。

こんなの何年ぶりだろう。
いつの間にか当たり前になっていたものを手放せば、わずかな心許なさと大きな開放感。

猫を写真に残せないのは残念だけど、それよりもっといいものを残せたような気がした。


それからチカくんの家に戻り、ホットプレートで肉を焼き、海鮮を焼き、野菜を焼き、限界まで食べた。
この前の会食のときのように、チカくんもよく食べた。

火災報知器が鳴りそうなくらい煙る部屋。
エアコンを止めて窓を開け放つと、秋のはじまりの香りがした。

「ねえ、チカくん。第三弾は?」

チカくんはわかっていないような顔で箸をとめた。

「染み。今日はシャツに染みはつくらないの?」

意地悪に微笑みながら胸元を指差すと、チカくんは箸を滑らせてあたふたした。
そして染みをつくるかわりに、数種類の焼き肉のタレの瓶をドミノ倒しした。


ホットプレートに猫じゃらし。
身ひとつだけの気ままなお散歩。

平穏なのか不穏なのか、どっちつかずなその夜は、満腹という名の睡眠導入剤に導かれ、あたしはどっぷりと眠った。
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