変 態 ― metamorphose ―【完】
綴がコースを注文してると言うので、飲み物だけ頼んだ。
スパークリングの日本酒はすっきりとして、米と果実の香りが鼻から抜けていった。

清々しい後味。
綴とあたしも清々しく終えられるだろうか。

別れ際にぎゃあぎゃあ泣きわめくような女にはなりたくない。
そういうのは、あたしじゃない。

「ひさしぶりだよな」

そう切り出され、最後に会ってからどれくらい経っただろう、と考えていると、「この店に来るのって」と綴は続けた。

「この店が、ひさしぶり……?」

「ここに来たこと覚えてない? いち花と俺がはじめて会ったの、ここなんだけど。
あのときは春だったから、紅葉じゃなくて桜の造花だったな」

そう言われてみれば、こんなお店だったような気がする。

出会ったお店で終わりを告げられるのか。
けっこう(むご)いことをするんだな。

「あのさ、いち花に伝えたいことがあって」

「うん」

ああ、終わりだ。

「別れてほしい」? 「他に好きな人ができた」?

ひたりひたりと忍び寄っていた絶望は、もうすぐそこ。
覚悟していたはずなのに、覚悟なんてなんの役にも立たない。

消えたい。
いますぐ消えてしまいたい。
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