変 態 ― metamorphose ―【完】
「この前も、寝ちゃっててごめん。ずっと練習したり、曲覚えたりで……。ぜんぜん余裕なくって」

「あたしはいいから、チカくんに会ったときに謝って。チカくん、いろいろ用意してくれてたし、綴に会うの楽しみにしてたよ」

綴は子どものように素直に頷いた。
チカくんの家にひとりで行ったのかと訊かれると思ったけど、そこまで考えなかったのか、ドタキャンした自分が悪いと責任を感じているのか、それについては触れられなかった。


コース料理が運ばれてくると、「今日は俺がご馳走する」と綴が笑った。

「いち花に話すなら、ここがいいって思ったんだ」

出会った場所は記念日なんかのときに来るものじゃないのかな。
そう思ったけど、綴がとてもうれしそうに笑うので、口には出さずにあたしも笑った。

「コースのなかには、あれは入ってないのかな」

「綴、なにか食べたいのがあったの?」

「あれだよ、海老のすり身をなんかしたやつ。いち花がおいしそうに食べてたやつ」

一年以上も前のことをよく覚えてるな。
あたしは魚のすり身をなんかしたやつを箸でつつきながら、くすぐったく感じた。
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