変 態 ― metamorphose ―【完】
「もう一杯、コーヒー飲んでいって」

あたしはチカくんよりも先に素早く立ち上がって言った。
こうすればきっとチカくんは帰らない。断ったりなんてしない。

思ったとおり、チカくんは「じゃあ、もう一杯もらおうかな」とわずかに微笑んで腰を落ち着けた。

コーヒー一杯で、どれだけ引き止められるだろう。

帰ってほしいのに、帰ってほしくない。

情緒不安定どころか、情緒崩壊だった。
自分の思考がどこにあって、どう動くのかわからない。

予測のつかない自分。
予測のつかない未来。

引き止めてもなにも変わらないのに。

ぷええぷええ。
思考を遮るようにキリンが鳴いた。

キッチンから音のする方を振り返ると、チカくんがキリンを鳴らしていた。

「うるさかった?」

あたしは静かに首を横に振った。

いくらでもいい。
いくらでも鳴かせていいから。

だから、もう少しここにいて欲しい。

湯を注いだドリップバッグコーヒーのフィルターからは、ぽたり、ぽたり、とカウントダウンするようかのようにコーヒーがカップに滴り落ちた。

どうしたらもっとゆっくり落ちてくれるだろう。
給湯ボタンを押す力を加減する。

それでもコーヒーはカップいっぱいに満たされてしまった。
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