変 態 ― metamorphose ―【完】
かえちゃんと街を歩いていたとき、ぐうぜんチカくんを見かけた。

書店の新刊コーナーを真剣に覗くチカくんはひどい猫背で、愛しさや懐かしさがこみ上げつつも、ぴしゃりと注意したくなった。
よく見れば、ジャケットの首元からは黄色いクリーニングのタグがぴょこんと顔を出していた。


ああ。チカくんだ。
あたしは思わず笑みをこぼした。


チカくん、それおしゃれのつもり?
そうやって意地悪に声をかけてからかいたかったけれど、できなかった。

チカくんとは、あの日から会っていない。

名前を呼べば聞こえる距離。
それでも、いままでのようにその名前を口にすることはできなかった。


チカくん。
ねえ、チカくん。

お願いだから、あたしに気づいて。


泣き出しそうになるのをこらえて、ひたすら祈った。
すると祈りが届いたのか、チカくんは振り返り、すぐにあたしに気づいた。

目の下までのびた前髪が邪魔そうで、何度かまばたきをしてからちいさく会釈をしてくれた。

うれしそうで哀しそうで。
哀しそうでうれしそうで。
複雑な色をした瞳が微笑む。

あたしは同じように笑みを浮かべて、深くお辞儀をした。
謝罪とお礼と、深い愛を込めて。


顔を上げると、チカくんはもうそこにはいなかった。

その様子を見ていたかえちゃんが「あの人、誰?」と訊いたので、あたしは「あの人がチカくんだよ」となんだか照れくさい気持ちで返した。
するとかえちゃんは軽く首を傾げ、言った。
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