復讐の螺旋

最終話 犯罪者の末路

 蓮はあらかじめ用意しておいた銀の手錠を使って蒲田と椅子を繋いだ、自分によく似た男を目の前にしても何の感情も沸かない。父親を殺したときと同じように淡々と作業を進める。ペットボトルのキャップを外し蒲田の頭に冷水をかけた。

「ぷはっ、ハアハア」

「よう、糞野郎。幸せは堪能できたか?」

 驚いた顔で蓮を見上げる蒲田は、まだ自分に起きている緊急事態を把握できずに戸惑っている、蓮は質問を続けた。

「他人を不幸のどん底に落としておいて、自分だけが幸せになれると思ったか?」

 しゃがみこんで蒲田の顔を覗き込む、畏怖の眼差しをコチラに向けた後にカッ、と目を見開いた。

「杏奈、杏奈はどうした?」

 蓮は薄くため息を吐いた、まるでこちらの質問に答えようとしない。こんな自己中心的な人間だからこそ凶悪な犯罪を犯してもヘラヘラと生きていけるのだろう。興味をなくして立ち上がる。

「敦くん、助けて」

 蓮はズボンのベルトを外すと、十字架の前にいる杏奈を後ろ向きにさせて後ろから挿入した、パンパンパンッと音を立てながら蒲田を振り返った。

「やめろーーーーー!」

 蒲田は起き上がろうとするが右手の手錠が椅子の下の鉄骨に繋がれているので身動きが取れない。
 蓮は蒲田を一瞥するとニヤリと笑みを浮かべた、ウェディングドレスを捲り上げて腰を振るスピードを徐々に上げる。

「アーー、イクイクイクイクッ」
「やめてくれ――――!」

 杏奈の中で果てた蓮はズボンを上げると、ゆっくりとした動作で鞄の中からナイフを取り出した、杏奈は力なくその場に倒れ込んだ。

「裏切り者には死んでもらわないとね」

 そう言うと躊躇なく杏奈の背中にナイフを突き立てる、うつ伏せに倒れた背中があっという間に赤く染まった。
 
「杏奈――――――――――――!」

「どうだ? 自分の本当に大切な人が犯され死んでいく様を見るのは。お前がやってきた事だろ」

 蒲田を見下ろしながら顔面に唾を吐きかけた。

「殺してやる!」

 真っ赤に充血した目で蒲田は睨みつけてきた、蓮は鼻を鳴らしてから蒲田の脇腹に思い切り蹴りを入れる。くぐもった声だけが静かな教会に響き渡たる。

「お前が俺を? やってみろ」
 蓮はタバコを取り出し火をつけると一口だけ吸って足元に投げ捨てた。

 蒲田は繋がれている右手を手錠から強引に引っこ抜くと、皮の皮膚がめくれて血だらけになった手で蓮に掴みかかり押し倒した。
 馬乗りになり拳を振り上げた所で首から上が吹き飛ぶような衝撃を受ける。

 気を失う寸前に後ろを振り返ると杏奈が脚を振り上げている、再び強い衝撃を受けて蒲田は完全に気絶した。



「おいおいおい、死んだんじゃないか?」

 ピクピクと痙攣しながら倒れている蒲田をみて蓮は呟いた。

「あんたがやられそうになったから助けてあげたんじゃない」

 やっぱドンキの手錠じゃダメだなぁ、と、ため息を付いて蒲田の両手を結束バンドで固定すると、引きずりながら教会の外に運び出して停めてある車に放り込んだ。

 人が来る前にさっさと退散しなければならない、いつの間にか私服に着替えた杏奈が助手席に滑り込んできた。血糊がついたウェディングドレスをゴミ袋に入れると後ろの席に放り投げる。

「似合ってたよ、ウェディングドレス」

 助手席の杏奈に言葉をかけるとエンジンをかけて目的地に向かって車を発進させた。

「ありがと、できれば本物を着たいわね」

 助手席から杏奈の視線を感じたが何も答えずに前を見て運転を続けた、これからの自分の運命を考えると軽々しく約束する事は出来ない。

 蒲田総一朗の殺害現場には蒲田敦の髪の毛をなるべく不自然にならないようにばら撒いてきた、ナイフにも指紋がたっぷり付いている、杏奈が用意したものだ。

『父親によって人生を滅茶苦茶にされた息子の復讐』

 そんな都合よく警察を欺けるとも思わないが蒲田敦が発見されない事でいっそう疑惑が向く事は確かだろう、この男はこれから地中深くに埋める予定だ。

 
「穴掘れたの?」
「ああ、すごく深く掘ったよ」
「どれくらい?」
「杏奈への愛くらい」
 クスッと笑い杏奈が答えた。
「それじゃあ二度と出てこれないわね」


 最高の瞬間に地獄に落とす――。
 
「杏奈の演技力には驚いたよ」
「その人物になりきる事、葵の教えよ」

 己の行った悪行は必ず自らに返ってくる――。

「なんで明と母さんは俺を産んだのかな?」
「例え血が繋がってなくても俺の子供だー。って感じじゃない」
「ははっ、明らしいな」

 幸せになる資格は誰にでもある訳じゃない――。 
 
「二人も殺したら俺も死刑だな」
「大丈夫よ、蓮が死んだらすぐに追いかけるわ」

 大切な人を奪われた人間に残された道は復讐しかない、その果てに何が待っているかはわからないが、杏奈の言葉で蓮は自分がした事が間違いではなかったと確信した。

 明、本当の息子のように育ててくれてありがとう――。


 

 エピローグ

「所長、後はやっておくので」

 八十歳近くなった今でも現役で探偵を続けている本庄に社員たちはいつも気を使っていたが、本人はいい迷惑だった。まだあと五年はやれる、気力も体力も充実しているが記憶力だけは曖昧だった。

「ああ、明日の準備だけしたら失礼するよ」

 パソコンを閉じて席を立とうとした所で事務所のテレビから夕方のニュースが流れてきた。
 
『今朝未明、東京都北区赤羽の歩道に軽トラックが突っ込んで歩いていた親子を跳ねました、跳ねられたと見られる一之瀬杏奈さんと娘の花澄(かすみ)ちゃんの二人はすぐに病院に運ばれましたが、一之瀬杏奈さんは先程死亡が確認され花澄ちゃんも一命は取り留めたものの余談を許さない状況が続いています、トラックの運転手は親子を跳ねた後に電柱にぶつかり車は大破、乗っていた伊東陽一郎容疑者はその場で死亡が確認されました、現場は交通量が少ない――』

 一之瀬、一之瀬、何処かで聞いた名前だと思うが思い出せない。最近すっかり頭もボケてきたようでうんざりした。
 デスクに畳んで置いてある先程読み終わったばかりの夕刊を手に取って思い出した。

「そうだ、そうだ、新聞に載ってたんだ」
 まだまだ記憶力だって捨てたもんじゃないと満足しながら社会面を開く、そこには八年前に起きた連続殺人事件の顛末(てんまつ)が書かれていた。

『法務省は二日、二〇二六年、東京都豊島区池袋のトイレで男性一人、さらに大阪市寝屋川でその息子を殺害したとして死刑が確定していた一之瀬蓮(二六)の刑を執行し発表した、死刑執行は昨年十二月以来で――』

 そこまで読んで満足すると、本庄は社員に挨拶をして事務所を後にした。
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