復讐の螺旋
第五話 忍び寄る悪意
「一週間程、休暇を頂けませんか」
明は次の日出社すると上司の室井に有給休暇の許可を取りに行った、色々と調べたい事がある。
「ああ、大変だったな……、大丈夫なのか?」
葵の事はもちろん伝わっている。
「ええ、ご心配おかけします」
「ゆっくり休め、頑張れとは簡単に言えんが」
「ありがとうございます」
家に帰ると宅配ボックスに昨夜、通販で頼んでおいた品物が届いているのを確認した、小さなダンボール箱を開封すると黒い革製の手帳が入っている、上下に折りたたみするタイプで開いた下側には警視庁のエンブレムとロゴが入っていた。
ネット通販で購入した警察手帳のレプリカだが明は本物を見たことがないのでどれくらい精度が高いのかは分からなかった。
鞄の中から先程駅前で撮影した証明写真を取り出す、メガネを外して髪はオールバックにカッチリと固めている。
パソコンで作成した白い台紙に証明写真を切って貼り付けた。
『巡査部長 一之瀬 明 赤羽警察署』
写真の下には役職と名前をプリントしてある、インターネットで調べた限り大体こんな感じだった、台紙を黒い手帳の上側に差し込むとそれっぽい雰囲気にはなるので一度も警察手帳を見たことがない人物なら気がつかないだろう。
藤堂杏奈の話を聞いて葵のおおよその行動を予測した。
二十一時にライブが終わった後、二十分ほどメンバーと談笑、それから電車に乗り赤羽駅に着いたのが二十二時前、駅から五分のファミレスに入ったのが二十二時頃で店を出たのが二十二時四十五分。
彼女はファミレスを出た後すぐに母親にラインを送っていた、その時刻が二十二時四十八分だったと確認してくれたのでかなり正確な情報だろう。
ファミレスから自宅までの道程はおよそ十分、女の子の歩幅なら十三分といったところか、仮に葵が拉致されたのであればその十三分間の間だろう。
しかし当該のファミレスから自宅までの道程の大半は国道沿いを歩く事になる、その時間帯なら交通量も多いだろうし歩行者だってまったく居ないとは考えづらい。
そんな場所で犯行に及ぶだろうか、明は拉致されたのであれば車だと確信している、例えば公園や廃屋で乱暴をされたのであれば着ていた制服は汚れていたり、シワだらけになっているはずだ。
しかし葵の部屋に掛けられていた制服はキチンと折り目がついて綺麗なままだった。
国道沿いを進んで八分程いくとコンビニがある、我が家から一番近いコンビニで何か買うものがあるならここに寄るだろう、葵があの日このコンビニに寄ったかどうかは分からない。
しかしもし寄っていれば拉致されたのはコンビニから自宅までのおよそ三分程の道中という事になる、そこまで絞れたら犯人に近づけるかもしれない。
この道程は短いが国道を一本中に入る形で人通りは一気に少なくなる、街灯も暗い。
葵がコンビニに寄ったか確認するなら防犯カメラを見るのが一番早い、しかし一般人がいきなり防犯カメラを見せてくれと言っても門前払いに合うに違いない、そこで安易ではあるが警察手帳を偽装する事にしたのだ。
「おやすみ……」
すっかり元気が無くなってしまった蓮が眠りにつくのを待っていた、再びスーツに着替えるとメガネを外して髪をセットする。
明は普段からそのコンビニを利用するので少しでも変装して自分だとバレないようした、そっと玄関をでるとコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー」
国籍不明の店員が一人カウンターから声をだした、おそらくもう一人いる、日本人じゃないほうが騙しやすいと思ったがポテトチップスを並べているのはいつもいる日本人の店員だった。
どちらに話しかけるべきか……。
迷った末にポテトチップスを補充している日本人に声をかけた、本物の警察ならおそらくそうするだろうと思ったからだ。
「お忙しい所すみません、私こういう者ですが」
懐から偽造した警察手帳を開いて見せる、相手が少しだけ目線を向けた所で開いた手帳を閉じて懐に戻した。
「あ、お疲れさまです、どうかされましたか」
一瞬で理解してもらえたようだ、明は暗記してきたセリフをなるべくゆっくりと話す。
「ここじゃちょっと……」
辺りを見渡す演技をした。
「ああ、失礼しました、ではバックヤードにどうぞ、散らかっていますが」
「構いません、ご協力感謝いたします」
名札に店長小池と書かれた小男はレジにいる国籍不明の男にちょっと一人で頼んだよと、声をかけると明をバックヤードに案内した。
「どうぞ、そちらにお座りください」
銀色の縁で出来たパイプ椅子を促される、四畳半程のスペースには机が一台と椅子が二脚ある、灰色の五段ラックには補充用のカップラーメンやお菓子がぎっしりと並んでいた。
机の目の前にモニターが設置してある画面は四分割されており、その一つに先程の外国人が映っていた。
「いったいどうされたんですか?」
辺りをキョロキョロと見回している明に小池が問いかけてくる。
「ええ、実は先日……」
先程とは違う黒革の手帳を取り出して日付を確認する、もちろん演技だ。
「七月九日の夜ですがこの近くで殺人がありましてね」
「さ、殺人ですか?」
「ええ、犯人は今も捕まっていないのですが、犯行前このコンビニに寄ったかもしれないんです」
小池が唾を飲み込む音がする。
「この防犯カメラはどれくらい前の分まで保存されているのですか?」
「えーと、たしか三ヶ月分だったと思いますが」
一ヶ月前の映像は問題なく見ることが出来そうだ。
「確認させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ちょっ、オーナーに確認してもいいですか?」
明は心の中で舌打ちした、この男がオーナーなら簡単に籠絡できたはずだ、感の鋭い人物だったら怪しまれてしまうが断るわけにもいかない。
「ええ、もちろん」
小池は自分のスマートフォンを取り出すとその場で電話した。
「あっ、もしもし社長、夜分遅くにスミマセン。今ですね警察の方が、え?」
「もしもーし、社長、もしもーし」
小池は困った顔をコチラに向けると両手でバッテンを作った。
「だめですね、絶対飲んでます」
社員に店を任せて自分は緊急の連絡にも対応出来ないほど酔っ払っている、ロクナモンじゃないなと思ったが顔には出さない。
「困りましたね、今この瞬間にも次の犠牲者が……」
青ざめた小池は録画した映像をスンナリと見せてくれた、自分の責任で人が死んだらたまらないと考えたのだろう。
「えっと、七月九日ですね?」
「ええ、時刻は二十二時五十分〜二十三時二十分でお願いします」
小池はパソコンを操作してコチラに画面を向けた、パソコンには四分割にされた映像が映っている。
「今が二十二時五十分の状態です、ココをクリックすると時間が進んでいきます、早送りと巻き戻しはコッチで、画面を大きくしたい時はその画面をクリックすれば大丈夫です」
説明し終えた所で『ブーーー』とブザーが鳴った。
小池はモニターを確認すると「やば、ちょっと店に出ますので好きに見ててください」と言って出ていった。
モニターには外国人のレジに五人ほどの列が出来ている映像が映し出されている。
好都合だ、一人でゆっくりと確認できる。
マウスをつかみ進むのボタンをクリックする、止まっていた映像が動き出した。この類の映像は画質が悪くてぼやけてる物だと思い込んでいたが目の前の映像はかなり鮮明に映し出されていた。
店内は三人の客がドリンクを選んだり立ち読みをしている、葵はいないようだ。
早送りして時間を進める、左下の時刻表示が二十二時五十七分を表示した所で店内入口を映すカメラに制服を着た女の子が入って来た、髪型や雰囲気から葵に間違いない。
入口を映すモニターから葵が消えた、左下の冷凍食品を映すモニターに再び葵が現れる、どうやらアイスを選んでいるようだ。
アイスを三つ手に取るとモニターから姿を消す、レジカウンターを映すカメラに目をやるとすぐに葵が姿を現した、対応しているのは小池だ。
画面をクリックすると大きく一画面に映しだされた、上からの映像なので表情が分からない。
「葵……」
無事だった、この時はきっとまだ無事だったのだ、家からたったの三分なのに、あと少しで家に帰って来られたのに。
家族三人分のアイスを買って葵は家に帰ろうとしていた、寝ている蓮の分も買っていた。
優しい子なのだ……。
「誰だ、誰が葵を自殺に追い込んだ」
明はギリギリと音を立てて歯を食いしばる。
画面の中の葵はアイスの入った袋を手に取ると入って来た入口から出ていった。
するとそのすぐ後を追うように黒いズボンを履いた茶髪の男が出ていった。
「ん? こんなやついたか」
明は葵が入店する時刻まで画面を巻き戻した、再び葵が入口から入ってくる、モニターから葵が消えて少し立つと先程の男が入って来た。
クリックして画面いっぱいに表示させてみる、かなり鮮明に男の顔が見えた。二十代前半、いや、十代かもしれない。
若者らしい茶色い髪はサイドが刈り上げられている、切れ長の細い目はどこか淋しげで中々いい男だった。
しかし……。
「どこかで会ったことがあるような……」
記憶を呼び覚まそうとするが思い出せない、近くのコンビニに来ているのだから近所に住んでいるのかもしれない、だったら顔を合わせた事くらいあるだろう。
「なにをしている!」
いきなり背後から声を掛けられて椅子から転げ落ちそうになった、辛うじて踏ん張り後ろを振り返った。
高そうなスーツをカッチリと着た五十代くらいの男がコチラを睨んでいた、もしかしたら先程電話したオーナーだろうか。
突然の事態になんて返していいか分からない、そこに小池が戻ってきた。
「あ、社長、コチラ刑事さんです、なんでもこの近くで殺人があったみたいで防犯カメラを見せて欲しいと、先程お電話したのですが切れてしまったので」
(飲みに行ってるんじゃなかったのかよ……)
「運転中だったから切ったんだ、今向かっていると言っただろう」
(たのむよ小池ー)
明はこころの中で叫んだ。
「オーナーさんでしたか、私こういう者です」
先程と同じ様に胸ポケットからニセ警察手帳を取り出すと目の前にかざした、すぐにしまおうとすると腕をつかまれる。
「イチノセアキラさん?」
じっくりとニセ警察手帳を吟味しながら名前を読み上げた。
「ええ、捜査協力に感謝いたします」
「一人?」
「え?」
「一之瀬さん一人なんですか?」
「ええ、そうですが……」
「ふーん」
「あの、なにか?」
何か不審な所があったのだろうか。
「いや、それでどうですか、殺人犯はいましたか?」
「すみません、捜査上の事はお話する事が」
「なるほど」
「では私はこれで」
二人に頭を下げるとそそくさとバックヤードを後にした。
あのコンビニにはしばらく行かない方が良いかも知れない、しかし思った以上の収穫があった事に明は満足した。
明は次の日出社すると上司の室井に有給休暇の許可を取りに行った、色々と調べたい事がある。
「ああ、大変だったな……、大丈夫なのか?」
葵の事はもちろん伝わっている。
「ええ、ご心配おかけします」
「ゆっくり休め、頑張れとは簡単に言えんが」
「ありがとうございます」
家に帰ると宅配ボックスに昨夜、通販で頼んでおいた品物が届いているのを確認した、小さなダンボール箱を開封すると黒い革製の手帳が入っている、上下に折りたたみするタイプで開いた下側には警視庁のエンブレムとロゴが入っていた。
ネット通販で購入した警察手帳のレプリカだが明は本物を見たことがないのでどれくらい精度が高いのかは分からなかった。
鞄の中から先程駅前で撮影した証明写真を取り出す、メガネを外して髪はオールバックにカッチリと固めている。
パソコンで作成した白い台紙に証明写真を切って貼り付けた。
『巡査部長 一之瀬 明 赤羽警察署』
写真の下には役職と名前をプリントしてある、インターネットで調べた限り大体こんな感じだった、台紙を黒い手帳の上側に差し込むとそれっぽい雰囲気にはなるので一度も警察手帳を見たことがない人物なら気がつかないだろう。
藤堂杏奈の話を聞いて葵のおおよその行動を予測した。
二十一時にライブが終わった後、二十分ほどメンバーと談笑、それから電車に乗り赤羽駅に着いたのが二十二時前、駅から五分のファミレスに入ったのが二十二時頃で店を出たのが二十二時四十五分。
彼女はファミレスを出た後すぐに母親にラインを送っていた、その時刻が二十二時四十八分だったと確認してくれたのでかなり正確な情報だろう。
ファミレスから自宅までの道程はおよそ十分、女の子の歩幅なら十三分といったところか、仮に葵が拉致されたのであればその十三分間の間だろう。
しかし当該のファミレスから自宅までの道程の大半は国道沿いを歩く事になる、その時間帯なら交通量も多いだろうし歩行者だってまったく居ないとは考えづらい。
そんな場所で犯行に及ぶだろうか、明は拉致されたのであれば車だと確信している、例えば公園や廃屋で乱暴をされたのであれば着ていた制服は汚れていたり、シワだらけになっているはずだ。
しかし葵の部屋に掛けられていた制服はキチンと折り目がついて綺麗なままだった。
国道沿いを進んで八分程いくとコンビニがある、我が家から一番近いコンビニで何か買うものがあるならここに寄るだろう、葵があの日このコンビニに寄ったかどうかは分からない。
しかしもし寄っていれば拉致されたのはコンビニから自宅までのおよそ三分程の道中という事になる、そこまで絞れたら犯人に近づけるかもしれない。
この道程は短いが国道を一本中に入る形で人通りは一気に少なくなる、街灯も暗い。
葵がコンビニに寄ったか確認するなら防犯カメラを見るのが一番早い、しかし一般人がいきなり防犯カメラを見せてくれと言っても門前払いに合うに違いない、そこで安易ではあるが警察手帳を偽装する事にしたのだ。
「おやすみ……」
すっかり元気が無くなってしまった蓮が眠りにつくのを待っていた、再びスーツに着替えるとメガネを外して髪をセットする。
明は普段からそのコンビニを利用するので少しでも変装して自分だとバレないようした、そっと玄関をでるとコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー」
国籍不明の店員が一人カウンターから声をだした、おそらくもう一人いる、日本人じゃないほうが騙しやすいと思ったがポテトチップスを並べているのはいつもいる日本人の店員だった。
どちらに話しかけるべきか……。
迷った末にポテトチップスを補充している日本人に声をかけた、本物の警察ならおそらくそうするだろうと思ったからだ。
「お忙しい所すみません、私こういう者ですが」
懐から偽造した警察手帳を開いて見せる、相手が少しだけ目線を向けた所で開いた手帳を閉じて懐に戻した。
「あ、お疲れさまです、どうかされましたか」
一瞬で理解してもらえたようだ、明は暗記してきたセリフをなるべくゆっくりと話す。
「ここじゃちょっと……」
辺りを見渡す演技をした。
「ああ、失礼しました、ではバックヤードにどうぞ、散らかっていますが」
「構いません、ご協力感謝いたします」
名札に店長小池と書かれた小男はレジにいる国籍不明の男にちょっと一人で頼んだよと、声をかけると明をバックヤードに案内した。
「どうぞ、そちらにお座りください」
銀色の縁で出来たパイプ椅子を促される、四畳半程のスペースには机が一台と椅子が二脚ある、灰色の五段ラックには補充用のカップラーメンやお菓子がぎっしりと並んでいた。
机の目の前にモニターが設置してある画面は四分割されており、その一つに先程の外国人が映っていた。
「いったいどうされたんですか?」
辺りをキョロキョロと見回している明に小池が問いかけてくる。
「ええ、実は先日……」
先程とは違う黒革の手帳を取り出して日付を確認する、もちろん演技だ。
「七月九日の夜ですがこの近くで殺人がありましてね」
「さ、殺人ですか?」
「ええ、犯人は今も捕まっていないのですが、犯行前このコンビニに寄ったかもしれないんです」
小池が唾を飲み込む音がする。
「この防犯カメラはどれくらい前の分まで保存されているのですか?」
「えーと、たしか三ヶ月分だったと思いますが」
一ヶ月前の映像は問題なく見ることが出来そうだ。
「確認させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ちょっ、オーナーに確認してもいいですか?」
明は心の中で舌打ちした、この男がオーナーなら簡単に籠絡できたはずだ、感の鋭い人物だったら怪しまれてしまうが断るわけにもいかない。
「ええ、もちろん」
小池は自分のスマートフォンを取り出すとその場で電話した。
「あっ、もしもし社長、夜分遅くにスミマセン。今ですね警察の方が、え?」
「もしもーし、社長、もしもーし」
小池は困った顔をコチラに向けると両手でバッテンを作った。
「だめですね、絶対飲んでます」
社員に店を任せて自分は緊急の連絡にも対応出来ないほど酔っ払っている、ロクナモンじゃないなと思ったが顔には出さない。
「困りましたね、今この瞬間にも次の犠牲者が……」
青ざめた小池は録画した映像をスンナリと見せてくれた、自分の責任で人が死んだらたまらないと考えたのだろう。
「えっと、七月九日ですね?」
「ええ、時刻は二十二時五十分〜二十三時二十分でお願いします」
小池はパソコンを操作してコチラに画面を向けた、パソコンには四分割にされた映像が映っている。
「今が二十二時五十分の状態です、ココをクリックすると時間が進んでいきます、早送りと巻き戻しはコッチで、画面を大きくしたい時はその画面をクリックすれば大丈夫です」
説明し終えた所で『ブーーー』とブザーが鳴った。
小池はモニターを確認すると「やば、ちょっと店に出ますので好きに見ててください」と言って出ていった。
モニターには外国人のレジに五人ほどの列が出来ている映像が映し出されている。
好都合だ、一人でゆっくりと確認できる。
マウスをつかみ進むのボタンをクリックする、止まっていた映像が動き出した。この類の映像は画質が悪くてぼやけてる物だと思い込んでいたが目の前の映像はかなり鮮明に映し出されていた。
店内は三人の客がドリンクを選んだり立ち読みをしている、葵はいないようだ。
早送りして時間を進める、左下の時刻表示が二十二時五十七分を表示した所で店内入口を映すカメラに制服を着た女の子が入って来た、髪型や雰囲気から葵に間違いない。
入口を映すモニターから葵が消えた、左下の冷凍食品を映すモニターに再び葵が現れる、どうやらアイスを選んでいるようだ。
アイスを三つ手に取るとモニターから姿を消す、レジカウンターを映すカメラに目をやるとすぐに葵が姿を現した、対応しているのは小池だ。
画面をクリックすると大きく一画面に映しだされた、上からの映像なので表情が分からない。
「葵……」
無事だった、この時はきっとまだ無事だったのだ、家からたったの三分なのに、あと少しで家に帰って来られたのに。
家族三人分のアイスを買って葵は家に帰ろうとしていた、寝ている蓮の分も買っていた。
優しい子なのだ……。
「誰だ、誰が葵を自殺に追い込んだ」
明はギリギリと音を立てて歯を食いしばる。
画面の中の葵はアイスの入った袋を手に取ると入って来た入口から出ていった。
するとそのすぐ後を追うように黒いズボンを履いた茶髪の男が出ていった。
「ん? こんなやついたか」
明は葵が入店する時刻まで画面を巻き戻した、再び葵が入口から入ってくる、モニターから葵が消えて少し立つと先程の男が入って来た。
クリックして画面いっぱいに表示させてみる、かなり鮮明に男の顔が見えた。二十代前半、いや、十代かもしれない。
若者らしい茶色い髪はサイドが刈り上げられている、切れ長の細い目はどこか淋しげで中々いい男だった。
しかし……。
「どこかで会ったことがあるような……」
記憶を呼び覚まそうとするが思い出せない、近くのコンビニに来ているのだから近所に住んでいるのかもしれない、だったら顔を合わせた事くらいあるだろう。
「なにをしている!」
いきなり背後から声を掛けられて椅子から転げ落ちそうになった、辛うじて踏ん張り後ろを振り返った。
高そうなスーツをカッチリと着た五十代くらいの男がコチラを睨んでいた、もしかしたら先程電話したオーナーだろうか。
突然の事態になんて返していいか分からない、そこに小池が戻ってきた。
「あ、社長、コチラ刑事さんです、なんでもこの近くで殺人があったみたいで防犯カメラを見せて欲しいと、先程お電話したのですが切れてしまったので」
(飲みに行ってるんじゃなかったのかよ……)
「運転中だったから切ったんだ、今向かっていると言っただろう」
(たのむよ小池ー)
明はこころの中で叫んだ。
「オーナーさんでしたか、私こういう者です」
先程と同じ様に胸ポケットからニセ警察手帳を取り出すと目の前にかざした、すぐにしまおうとすると腕をつかまれる。
「イチノセアキラさん?」
じっくりとニセ警察手帳を吟味しながら名前を読み上げた。
「ええ、捜査協力に感謝いたします」
「一人?」
「え?」
「一之瀬さん一人なんですか?」
「ええ、そうですが……」
「ふーん」
「あの、なにか?」
何か不審な所があったのだろうか。
「いや、それでどうですか、殺人犯はいましたか?」
「すみません、捜査上の事はお話する事が」
「なるほど」
「では私はこれで」
二人に頭を下げるとそそくさとバックヤードを後にした。
あのコンビニにはしばらく行かない方が良いかも知れない、しかし思った以上の収穫があった事に明は満足した。