奈落の果てで、笑った君を。
序章
じゃりっと、地面を蹴る。
足を動かして、走る。
向かい来る風を受け止めると、ふわっと雨上がりの匂いがした。
「尚晴(しょうせい)!この花はなんていうの?」
「紫陽花だ」
「アジサイ?この色すき!」
にこっと、少女は笑う。
無邪気すぎる笑顔で、笑う。
「じゃあそこの川にいる鳥は?」
「…カモ、じゃないか」
「かも?ふふっ、可愛いねえ」
出かけるたびに聞いてくる。
否、出かけなくとも、少女は目に入ったものすべてを観察し、世話役でもある青年に聞くのだ。
「そろそろ帰るぞ。日が暮れてくる」
「尚晴、どうしてお日さまは暮れるの?」
「…時間があるからだ」
「どうして時間があるの?」
「……世は無常だからだ」
「ムジョウ?」
移り変わらないものなどない。
時間も、花も、空も、町も、すべてが留まることなく続いてゆく。
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