奈落の果てで、笑った君を。
「尚晴!今日のご飯は何かなあ」
「今日は朱花の好物を用意すると、今井さんは言っていた」
「やった!あれ、あのね、おとーふにオミソが乗ったやつ!」
「味噌田楽か」
「それ!」
ここで生き、少女は好きな物ができた。
ここで生き、少女は知らないことを知った。
この穢れのない花を、誰が踏み潰しては枯らそうとするのか。
誰がそんなことを許すというものか。
「尚晴!ぼくね、また新しい歌を覚えたよ!只三郎に教えてもらったの」
「ぼく、ではない。お前は女だ」
「あっ、おれ!」
「違う。わたし、だ」
「ふふっ。わたし!」
おれ、ぼく、わたし。
最初は己の呼び方すら定着していなかったが、だんだん女子らしさが生まれていた。
花が好き、甘いものが好き、季節を表す短歌が好き、雨はあまり好きじゃない。
見た目は変わらなくとも、中身は日々成長しているんだ。