奈落の果てで、笑った君を。
その男の名
「なんか最近、俺すごく思うんですよー」
夏が過ぎて、過ごしやすい季節になった。
とくに夜風は心地よく、今も開けた襖からサラサラと届いてくる秋の風は、夕食をもっと穏やかなものにさせてくれる。
「朱花って、だれかを変える力がありません?」
「確かにね。僕も本当にそれは度々思うよ」
「やっぱりですか?ノブちゃんなら分かってくれると思ってたなあ。もちろん尚晴もだろう?」
うんうんと、うなずく数人。
わたしは今日も今日とて、並んだ夕食の美味しさにそれどころじゃなかった。
「そうですね。家茂公の入京のとき、ハツネさんのとき。なにより私たちが救われている気がします」
「佐々木さんも褒めてくれてるよ朱花。よかったねー」
「うんっ」
「…これぜったい分かってなーい」
わたしは何もしていない。
毎日をあるがままに、思ったように生きているだけだ。
「朱花、私たちに何かして欲しいことはあるかい?」
「してほしいこと…?」
「ええ。私からも日々のお礼をさせてほしくてね」