奈落の果てで、笑った君を。
“おれ”と、見張り役は言って。
たまに“ぼく”と言う誰かも居たりして。
遠く遠くから、“わたし”と、甲高い声がいつも聞こえていた。
だから真似してみたんだ。
おれ、ぼく、わたし。
みんなそう言っているのが羨ましかったから。
「ふはっ…、へんなかお!」
声が大地に反響しては跳ね返ってくる。
硝子に映った顔は、笑っている。
腕がある、胴体があって、足があって。
ぽろりぽろりと、頬には無数の雫が流れ落ちている。
おれは、ここまで自分の足で歩いてきたんだ。
あの暗闇から抜け出して、おれの目で、この景色を見ることができたんだ。
「ははっ、ふふっ、あははっ!!」
空の青さも、太陽の温かさも、そよ風の心地よさも。
自分の声すら、顔すら、身体すら。
わたしは今まで、何ひとつ知らなかったんだ。
「ふっ…、ははは…っ、…すごい…なあっ!」
両手を広げて笑う。
どうしたって笑顔がこぼれてしまう。
狼が雄叫びをあげるように、のどを鳴らす。
ここは70年ぶりに見た、外の世界。
このとき初めて、心の底から“生きている”と思った───。