奈落の果てで、笑った君を。
最終章
立夏の迷子
慶應3年。
わたしが京の都に来て、3度目の季節が回った。
「桂!あのねっ、これ折り紙で───」
「お兄さん疲れてんの。またあとにして」
「あっ、…うん」
わたしの顔も見ずに部屋へ向かって行った桂からは、血の匂いがした。
「ノブちゃん!今日のご飯は───」
「今日も女中さんに任せてあるんだ。ごめんね朱花、僕は少し急いでいるから」
「あっ…、うん」
一瞬だけ笑顔を作ってはくれたけれど、すぐに戻して去って行ってしまったノブちゃん。
「朱花、ここには近づくなと言ったはずですよ」
「只三郎!また新しい歌を───」
「聞けないなら、しばらくのあいだ外出禁止にします」
「えっ、…ごめんください」
屯所内の雰囲気が堅苦しいものに変わってしまったのは、そこで生活する男たちが変わってしまったからだ。
桂やノブちゃん、只三郎だけでなく、隊士たちのほとんどが前のような笑顔を向けてくれなくなった。
それは、京の治安が前よりもずっとずっと悪くなっているから。