奈落の果てで、笑った君を。
「尚晴、ちょっと朱花借りていい?」
「…どこまで」
「散歩。たまには息抜きしたくてさ、クソガキに隣にいて欲しいんだよねー。…あ、もちろん健全な意味で安全も保証するから」
「…わかりました。どうぞ」
ある日、こんな会話があった。
あの忘れられない夜から数日が経って、尚晴も桂もいつもどおり笑っているつもりなのだろうけれど、そうじゃないことくらい。
そして今日は珍しく桂と一緒に屯所を出た。
「朱花、お腹すいてる?」
「ふつう!」
「そっか普通かー。うどんでも食べようかと思ってたんだけど、無理そうか」
「たべるっ」
「ははは、相変わらずな食い意地よ」
尚晴と桂は、あの日から少しだけたどたどしかった。
ふたりになることを避けているみたいな、目すら合わせることなく、それぞれが距離を置いているような気がする。
だから本当であれば、ここはわたしじゃなく尚晴が来たほうが良かったんじゃないのかなあ。
「おまちどお、こちら鰹だしのほうやね」
「はい!」
そこまで混み合っていない店内だったためか、注文してからすぐに運ばれてきた。