奈落の果てで、笑った君を。
向かい側ではなく隣席。
わたしが視線を落とす器に、横から箸を入れてくる。
「ん、こっちもうまいや」
「わたしもそっち食べたい!」
「はいはい。ちょっと待ってな」
うどんを箸で器用に掴むと、わざわざ匙(さじ)の上に乗せてふーふーと息を吹きかけてから渡してくれる。
いつの間にか今までのように話すことができていて、わたしは小さくホッとした。
「朱花。あと俺のぜんぶあげるから、少しお利口さんに待ってられる?」
「どこ行くの?」
「ひみつー。すぐ戻ってくるから、いつかの遊郭みたいなことはしないでくれよ頼むから。これフリとかじゃないからね」
そう言って渡された昆布だし。
半分も無かったけれど、どちらかと言うと薄味の昆布のほうが好きだったわたしは嬉しかった。
桂は立ち上がると、わたしを見つめては仲居さんに何かを伝えている。
きっとわたしのことを見ててくれ、的なことを言っているんだろう。
そして本当に出て行ってしまった。
「……食べ終わっちゃった」
だとしても未だに桂、帰ってこず。
追いかけようか…、
でもそしたら怒られそうだ。
あと10数えて来なかったら追いかけてやろうと、意気込んだときだった。