奈落の果てで、笑った君を。




名前で呼んでもくれないのか。

この子には“朱花”という、誰もが良い名だと口を揃える立派な名があるんだ。


龍馬さんは“名はあとからついてくる”と言っていたが、そのとおりだ。


朱花は、朱花と名付けられたから朱花になったのではない。

俺が彼女を初めて見たとき、直感で降りてきた名前が“朱花”だったのだ。



「わたし、は…、わたしは……っ、───…あすか…っ」



化け物じゃない、妖怪じゃない。

まるでそう言うように、名はいらないと言っていた子が、自分の名前は“朱花”だと、振り絞るように放ったあと。




「─────………ごめん……なさい…」




俺は、言葉を失った。


あんなにも話すことが大好きだった少女が、笑顔を絶やさなかった少女が。

どんなときも、どんな場面でも、好奇心を先に動かしては向かってゆく少女が。


今はただ、地面に這いつくばるようにして頭を深く下げ、「ごめんなさい」と震える声で言っているのだ。



「生まれてきて……ごめんなさい…、生きていて、ごめんなさい、走って…、笑って、……ごめんなさい…」



どこで覚えたんだ、土下座のやり方など。

隊士のなかで土下座をした人間はいただろうかと、俺はぼんやり思い返してしまっていた。



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