奈落の果てで、笑った君を。
「くるしかった…っ、くるしかったっ」
そう言って泣く少女を、俺はただ抱きしめた。
このまま背中から一緒に突き刺されるだろう。
それを見せないようにしたのは、最期くらいは俺のことだけを見て欲しかったから。
いつもお前は何者にも縛られないタチからか、あちらこちらに興味を示す。
俺のことがいちばん好きだと言いながら、俺だけを見てはくれない。
本当はずっと、それでも俺のことだけを見て欲しかったんだ。
でも今、この涙を目にしたのは俺だけなんだと思うと、それはそれで嬉しかった。
「またっ、また…っ、会える…っ?」
「……ああ、必ず」
「そしたらっ、そうしたら…っ、今度は…普通に生まれて、尚晴と同じように生まれてっ、普通の……人生を、歩ける…?」
俺の背中に回せないぶん、頼りない力で身体を寄せてきた。
ぎゅうっと抱きついてきた今までのものと同一人物なのかと疑ってしまうほど、弱く、切なく、苦しい。
「今と同じように笑ってっ、今と同じように走ってっ、でも、許される…、そんな普通の人生を……っ、尚晴と一緒に、歩ける……?」
「っ……」
これがずっと、朱花が願いつづけてきた“普通”だったのか。