奈落の果てで、笑った君を。
だけど、だけど、もう俺はそんなものすらどうだっていい。
この子の笑顔を取り戻せるならば、生きていい証を作ることができるならば。
「ほう、朱花と言うのか。あのときは名が無いと言っていたが……良い名を貰ったな」
笑いかけられると、少女は瞳に光を宿した。
どこで出会ったんだ。
こんな位の高い人物と、お前はどこで。
「どうして…、あなたのような人が、ここに…」
「とある水戸藩の旗本の娘から頼まれた」
「水戸、藩……」
その、娘。
俺が知っている人物が居るとするなら、ひとりだけ。
「ハツネ、と言ったか。自分の大切な人たちを助けてくれと、そのためなら身分を投げ売ってでもいいと、我に何度もしぶとく頭を下げに来てな」
かつて俺はあいつに最低なことをした。
許嫁と決まっていたにも関わらず、平気で違う少女を選んだのだ。
ハツネの面目も潰し、けれどそれ以来、尾ひれを引くことにはならず。
きっとそれは彼女が事を丸く収めてくれたのだろうと、薄々は勘づいていた。
ありがとう。
ハツネ、───…ありがとう。