奈落の果てで、笑った君を。
初めて自分という存在が怖いと思った。
ここにきて初めて普通じゃないことを恨んだ。
そんなわたしを、そっと背中に回された腕が引き寄せてきた。
「ならいつか…、お前がどうしても俺よりあとに死ぬことが怖くて、“もういい”と、“もうこの世を十分楽しめた”と思ったときは。
歳を取って爺さんになった俺が……朱花を斬る」
ピタリと涙は止まって。
その意味を理解しようとするだけで、また止めどなく溢れる。
「殺して、くれる……?わたしを…」
「ああ。だからそのときまで…、俺と一緒に生きてくれ」
「でも、そう思えなかったら…?わたしはひとりぼっちになっちゃう…」
「それはない。…絶対にひとりになんかさせない」
もう十分だよ。
もうこの世に未練なんかないよ。
それくらい楽しい日々を過ごせた。
だから尚晴、先に向こうで待ってるね───って。
わたしが自ら彼に告げるそんな日がいつか訪れることを、彼は約束してくれた。
「ほんとうに…?そのときは本当にわたしを殺してくれる……?」
「───…ああ」
血の味、土の味、涙の味。
その奥にある温かさと、何にも負けないきれいなもの。
これがわたしたちが駆け抜けた、命の味なんだ───。