奈落の果てで、笑った君を。
「どうして怖がらないんだ」
「こわがる?なにを?」
「…お前はこいつらに殺されそうになり、俺はお前の目の前で人を斬った」
なのにどうして怖がらない───?と、眼差しひとつが繰り返して聞いてきた。
「…だって…知らないことが多すぎるから」
「知らないこと?」
「月は、お空に輝くものだけじゃないの?赤色の月もあるの?」
「…なにを、言っているんだ」
「これ!お月様は触れるの?」
手に持っていた、明かりを灯してくれる丸。
これが触れるのに、どうして空に高く高くあるほうは触れないの。
「…これは提灯(ちょうちん)という、暗闇を照らすものだ」
「ちょう…ちん…?」
すると、ふたつあるうちのひとつの月が、ふっとかけられた息によって消された。
「わ!暗くなったね!」
「…そういうことだ」
少しだけ男の声色がほぐれたこともあり、くつろぐことができそうな優しさが広がる。
「名は?」
「ナナシのゴンベ!」
「………」
しばらくして、ふっと、提灯に息を吹きかけるよりも小さな音が確かに聞こえた。