奈落の果てで、笑った君を。
「俺は忽那 尚晴(くつな しょうせい)」
「しょうせい!」
「…名前がないと不便だろう」
「そんなことないよ?ここまで生きてきたもん!」
そう話しているあいだにも、尚晴は緩んでいた帯まで元に戻してくれる。
「エドからキョウまで来たの」
「…歩いてか」
「うん」
「なぜ…来た」
「……来たかったから!」
お城から逃げてきたの。
徳川っていうの、よく分からないけど偉い将軍家なんだって。
────と、言おうとしたとき。
「ごほっ、ゴホ…!」
「…待て、身体が熱いな」
「ふらふらする…、あたまが痛い…」
「おい…!」
ふらり。
垂直に見つめていた水面が、平行に変わる。
意識があるところで支えられたギリギリ、ずっと身につけていた着物とは比にならない温もりがあった。
「……おせわに…なりました、…あり、…がと……、でも……ごめん、なさい…」
ごめんなさい───、
そう言うべきだったんだろう、わたしは。
見張り役にも、将軍様にも、徳川家の全員に。
生まれてきて、ごめんなさい───と。