奈落の果てで、笑った君を。
初めて見たときとまったく変わらない。
ここに変わらないものはあったのかと、青年は深く考察することをやめた。
「…尚晴?」
下宿先である屯所へと戻る手前、青年は立ち止まってふと、少女の髪をすくった。
歩幅を合わせるように少女もピタリと足運びを止める。
気になっていた。
ずっと、ずっと、そうなんじゃないかと、けれどそんなことあるはずがないと。
「お前は……歳を取らないのか、朱花」
なにを聞いているんだ、俺は。
“農民上がりの荒くれ浪人”と呼ばれる男たちで成り立つ新撰組(しんせんぐみ)ではなく、
旗本に生まれて武家の三男として育ち、剣術にも長(た)け、幕臣で構成された正規警備隊である見廻組(みまわりぐみ)である俺が。
なにを、こんな馬鹿げたことを聞いているんだ。
「───…うん」
徳川幕府に、隠し子が存在した。
表にはぜったい出してはならぬ、隠し子が。
いまは14代目、徳川 家茂(とくがわ いえもち)の世だ。