奈落の果てで、笑った君を。
しかし少女は、この子は、11代将軍の徳川 家斉(とくがわ いえなり)の子だという。
50年、家斉の世は続いたのだ。
それから家茂になるまで約20年は経っている。
そう、70年、経っているんだ。
「尚晴も、こわい?」
ありえない。
普通ならば俺より年老いていなければ。
老婆でなければ、おかしい。
俺の目の前にいる存在が本当に徳川 家斉の子ならば。
どう足掻いても15歳前後にしか見えないというのは、至って不自然であり不気味すぎる。
「わっ…!しょうせい…?」
言葉にならないから、引き寄せた。
ここは奈落(ならく)なのではないか。
この少女からしてみれば、地獄なのではないだろうか。
みんな先に死んでゆく。
俺すら、いつか死んでいくんだ。
「あははっ、尚晴くるしい!」
かつて“化け物の子”と呼ばれ、“忌み子”と恐れられてきた少女は。
18歳の若き青年の腕のなか、笑った。