奈落の果てで、笑った君を。
味噌田楽を食べただけで、満開の花びら。
布団に入っただけで、壁があって屋根があっただけで、俺の名前を呼んだだけで。
きっとこの少女の“だけ”は、計り知れない何かがあるんだろう。
「…今井さん、俺のぶんの味噌田楽も朱花にやってください」
「おや、いいのかい?」
「はい」
「やった!ありがと尚晴っ」
この屯所内で集団生活を行っているとしても、基本はそれぞれ自由な生活。
他の隊士たちは花街に出かけては帰らない日だってあるし、どこかで食事を済ませてくる者や、妻がいて子供がいて、そこから通っている者もいる。
女中や賄(まかな)い人はいるが、食事を用意しているのはほとんど今井さんだった。
彼は好きでやっていると言って、どうにも料理というものが趣味らしい。
しばらくすると今井さんは穏やかな顔をして、俺のぶんとして用意された膳を運んできてくれる。
「身体はどうだ。苦しくはないか」
「うん!……あっ、コホッ、こほっ!」
それからふたりきりになると、わざとらしく咳き込む朱花。
顔色もずいぶんと良くなっているし、食欲もある。
眠ったことで体力は大きく回復傾向にあるみたいだ。