奈落の果てで、笑った君を。
第一章

朝焼けの涙





姫様が、ひめさまが……、
成長なさらないのです───。


赤子を腕に抱えた世話人の老婆は、顔を青ざめさせながら言った。

それだけ。
たったの、それだけ。


翌日からその赤子は、暗い檻に入れられたという。



「生まれて5年が経っているのに、まだ這い歩きすらできないとは…」


「恐ろしい、ああ恐ろしい…、化け物の子じゃ、忌み子じゃ」


「家斉様はなんと…?」


「“余に娘など存在せぬ”と、言っておるらしい」



存在を消された子。
徳川幕府が隠すべき、姫。

姫様と呼ばれることすら、それから間もなく消えていった。



「飯だ。さっさと食え」



用件だけ済ませると、再び扉は閉まって鍵をかけられる。


頼りない蝋燭(ろうそく)がひとつ。

光すら一切差し込まない地下牢に、1日1食の食事が運ばれてくる。


風呂は数日に1回、水を頭からかけられるだけ。

髪は邪魔になる長さまで伸びたとき、何度か切り揃えられた程度。



< 8 / 420 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop