奈落の果てで、笑った君を。
第一章
朝焼けの涙
姫様が、ひめさまが……、
成長なさらないのです───。
赤子を腕に抱えた世話人の老婆は、顔を青ざめさせながら言った。
それだけ。
たったの、それだけ。
翌日からその赤子は、暗い檻に入れられたという。
「生まれて5年が経っているのに、まだ這い歩きすらできないとは…」
「恐ろしい、ああ恐ろしい…、化け物の子じゃ、忌み子じゃ」
「家斉様はなんと…?」
「“余に娘など存在せぬ”と、言っておるらしい」
存在を消された子。
徳川幕府が隠すべき、姫。
姫様と呼ばれることすら、それから間もなく消えていった。
「飯だ。さっさと食え」
用件だけ済ませると、再び扉は閉まって鍵をかけられる。
頼りない蝋燭(ろうそく)がひとつ。
光すら一切差し込まない地下牢に、1日1食の食事が運ばれてくる。
風呂は数日に1回、水を頭からかけられるだけ。
髪は邪魔になる長さまで伸びたとき、何度か切り揃えられた程度。