愛は手から零れ落ちる 2nd.

「オヤジ、ちょっと話がある。」

「なんだ、珍しいじゃないか?」

「壮のことなんだけど・・・」

「なんだ?」

「いい子が居るんだ。見合いさせてくれないか。説得して欲しいんだ。」

おいおい、ちょっと待てよ・・・そっちからそうきたか・・・
「どこのどんな子だ?」

「会計事務所の友田さんの紹介なんだ。」

「そうか・・・」

「会計事務所にお勤めの壮よりは3歳年上なんだが、とてもしっかりしていて気建も良く、素敵な人だ。」

「・・・それで、嫁さんは何て言ってるんだ。」

「そういう人ならいいと・・・」

「わかった。それなら決まりだな。」

「えっ? なにが?」

「お前、ちゃんと人を見ているか? 偏見無く、肩書だけでなく、人を見ているか?」

「えっ?」

「お前が会った女性は嶋村朋美さんだろ。」

「オヤジ・・・なんでそれを・・・」

「俺が仕組んだ。壮が結婚したがっているバーに勤めている女性はその嶋村朋美さんなんだよ。」

「えっ・・・」

「お前ら夫婦は二人ともうわべでしか人も物事も見ない。だから俺が仕組んだ。」

「オヤジ・・・」

「友田君は僕の同級生だ。旧知の仲なんだよ。壮から結婚したい人が居ると打ち明けられた時、彼女のことを詳しく聞いた。バーで勤めてもいるが、友田君のところでも仕事をしているというじゃないか。だから友田君にも彼女のことを聞いたんだ。そうしたら今どきいないしっかりした素敵な女性だと教えてくれた。だから壮には俺が後押しすると言っていたんだ。その後あんな事故があり、お前の嫁が朋美さんを叩くなんてことをするもんだから、こうでもしないと目を開かないとおもってさ。」

「また、なんで公認会計士の資格を持っているのにバー勤めなんて・・・」

「壮だって同じじゃないか。あの子も宅建を持っているけとバー勤めをしているぞ。」

「俺は、認めていない。」

「そうやっていつまで自分の価値観を息子に押し付けるんだ。そろそろそういうのやめないか。」

「・・・」

「嶋村さんは我々には考えられないほどの苦労や体験をしている。そのどん底に居るときに手を貸してくれたのがあのバーのマスターなんだよ。それで彼女はあそこで勤め始めた。あそこのマスターも日本屈指の研究者だった。でも人生を楽しむためにその職を辞してバーのマスターになったんだ。もと研究者だけのことはあって、マスターの作るカクテルはものすごくバランスがいい。それを壮は受け継いでいる。あの子もバーテンダーとして一流だ。」

「・・・それで、どうして彼女は今でもバー務めと友田会計事務所両方の仕事をしているんだ?」

「壮の勧めだそうだ。」

「壮の・・・」

「ああ、偶然友田さんがあのバーに行って嶋村さんと再会した。そして友田さんは事務所に彼女を誘ったんだ。でも当初彼女は会計事務所に勤めるつもりは無かった。その時壮がもったいないから両方やったらと背中をおしたらしい。」

「壮が・・・」

「ああ、お前たちの前ではあまり話さないからわからないかもしれないか、壮は人を見る目もあるし考え方もしっかりしている。少しストレート過ぎるところはあるがな。」

「壮が・・・」

「壮だっていつまでも子供ではない。ちゃんと自分の子供を信じてやれ。そして、お前が嫁を説得しろ。」

「そうか・・・」

「ああ、あまり策略的にやるとあの嫁は逆上するだろうからな。それと伝えておく。嶋村さんは壮のプロポーズに、結婚するならお前ら二人にちゃんと了解を得ること、これが条件。と言ったそうだ。」

「そんな条件を・・・」

「そうだ。彼女は家族を持ったことが無い。だから結婚したらお前らとも仲良くしたいらしい。」

「そんなことを・・・」

「今どきそんなこと言ってくれる嫁はいないぞ。」

「そうだな・・・」

「じゃあ、頼んだぞ。」


 私も壮も周りでこんなことが起こっているとは知らなかった。壮のお父様が友田会計事務所にいらした時も、どなたかは聞いていなかったので、ただいつもと同じように振舞っていたのだった。
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