捨てられる前に、最後にひとつよろしくて?
「殿下、お呼びでしょうか」
扉を開けて、いつものように”普通の令嬢”を意識した可憐な素振りで挨拶をしてから、殿下の方を見た。
次の瞬間、視界に飛び込んできた情報に、思考が一瞬固まった。
ぴきり。
そう自分の中で何かが切れかける、そんな音がした。
「マージュ。急に呼び出してすまない。君に言いたいことがあってここへ呼んだんだ」
どこかすまなさそうな、でも真剣そのものな表情を浮かべる殿下は真っ直ぐに私を見つめてくる。
その視線に絡まれた私は身動きが取れない。
客室のソファーで座る殿下の隣には、見慣れない可愛らしいボブヘアの令嬢がおどおどしながら座っていた。
近すぎるその距離感に、背筋にぞくりと嫌な何かが伝う。
「言いたいこと、それはねマージュ。僕と……君との婚約を破棄させてほしい」
あまりにも唐突だった。
何から言えば良いのか、全然検討もつかない。
ただ、感情だけがぐるぐると、胸の中を暴れ回っては冷静な判断を奪っていく。