【一気読み改訂版】黒煙のレクイエム
第76話
アタシが家出してから10日目のことであった。

場所は、あいつが勤務している大船渡市内《しない》にあるJFの支所にて…

あいつは、いつも通りに与えられた仕事をもくもくとこなしていた。

あいつは、知らないうちに職場内の雰囲気が悪くなっていることに気がついていないようだ。

あいつは、ちづるのことが放っておけないから毎朝車で職場とマンションの往復していた…

あいつは、職場内のOLさんたちからきらわれている理由が分かっていない…

だから、アタシが厳しく言うてもだめだと思う…

正午を知らせるチャイムが鳴った。

職場のOLさんたちは、お昼休みになったので外へお昼ごはんを食べに行った。

ちづるは、毎日のようにあいつから『一緒にお昼ごはんを食べようかな…』と言われていた。

しかし、ちづるはイヤと言うて拒否した。

この時、支所長の吉浜さんがあいつに対して腹を立てていたのであいつをクビにしようと決意した。

この日、あいつは吉浜さんと一緒にお昼を食べた。

あいつに対して腹を立てている吉浜さんは、怒りをおさえながらやさしい声で『皆勤賞を与えようと思うけど…』と言うた。

「きよひこさん、きよひこさんはうちの支所に来てから1日も休まずに出勤したので、皆勤賞を与えようと思っているのだよ。」
「皆勤賞って、なんですか?」

あいつが怒った声で言うたので、吉浜さんはあつかましい声で言い返した。

「なんでそんな怒った声で言うのかなぁ…ワシはうちの支所に就職をしてから毎日休まずに出勤してよくがんばったから、皆勤賞を与えるといよんじゃ…ふつうだったら『ワアーうれしいなァ』と言うてよろこぶのじゃないのか?」
「ふざけんなよ!!あんたはオレとちづるの関係が気に入らないから(盛岡の)本部にオレのことをチクったんだろ!!」
「ちょっと、落ち着いて話を聞くことができないのか…私はちづるさんときよひこさんのことはひとことも言うてないのだよ。」
「ふざけんなよ!!あんたはオレにクビだと言いたいのだろ!!」
「きよひこさん、落ちついて話を聞いてくれるかなァ…きよひこさんに大切な話と言うのは、来年の4月1日付けでうちの支所のきよひこさんのデスクは、岩手県本部で勤務しているT田さんに変わるのだよ…T田さんは実家のおとーさんの介護をするためにこっちへ帰ってくるのだよ。」
「用はオレにクビだと言いたいのだろ!!」
「クビとは言っていないよ…場所を変えるだけだよ。」
「どっちだっていいだろクソッタレジジイ!!ボケ支所長!!」
「わたしは、場所を変えるだけと言うてるのだよ!!」
「ふざけるな虫けら!!オレ、来年の3月31日でJFの職員をやめます!!あんたのせいで、オレの人生がワヤになった…JFに就職してバカを見たわ…(チッ)」

あいつが舌打ちしたので、吉浜さんは怒った声であいつにこう言うた。

「きよひこさん!!さっき舌打ちしたね!!」
「ああしたさ…オレはJFに就職して大失敗した!!だからいつでもやめたら!!バカ!!」

吉浜さんに対して、はき捨てる声で言うたあいつは口笛をふきながら事務所から出た。

吉浜さんは、よりし烈な怒りを込めて全身をぶるぶると震わせた。

ちづるは、吉浜さんのすすめで紹介したお医者さんと結婚することが決まっていた…

吉浜さんは、あいつを支所から出して盛岡にある岩手県の本部へ強制的に転勤させると決意した。

そうでもしないと、あいつがダメになる…

吉浜さんは、そう思ってあいつに皆勤賞を与えると言うて見えすいたウソをついた。

あいつは、ちづるへの思いをより一層強めた。

ちづるは、きよひこが毎朝マンションに迎えに来ることをめんどうくさがるようになった。

…にもかかわらず、きよひこは『放っておけない』とか『君を守りたい』とか『好き』…とあいまいな理由ばかりをちづるに言うた。

この時、ちづるの中でより激しいイライラが募った。

翌朝のことであった。

家の食卓にはあいつと義父と嫂《おねえ》がいた。

義兄《おにい》は『きよひこが食卓にいるとヘドが出る!!』と義父に怒鳴りつけたあと、朝ごはんを食べずに家を出た。

嫂《おねえ》は、あいつが時計をながめながらソワソワとしていたので、優しく声をかけた。

「きよひこさん…どうしたのかな?」
「えっ?」
「この頃、ソワソワとした表情になっているから気になる人でもいるのかなと思ったのよ…」
「何でそんなことを義姉《ねえ》さんが聞くるのだよ!?」
「家族だから心配になって聞いただけよ…」
「何だよその言い方は!!オレを小バカにしているのか!?」
「してないわよ…ああ…そんなことよりも…吉浜さんから話を聞いてないかなぁ…ほら、皆勤賞のことよ。」
「断った!!」
「どうして断るのよぉ?」
「カイキンショウじゃなくて、オレにJFをやめろと言うた!!」
「お仕事をやめるのじゃなくて、お仕事をする場所を変えるだけよ…住まいも生まれてからずっとこの家にいたから住まいも変えてみたらどうですかと言うただよ。」
「だからオレに、遠くへ行けと言うのか!?」
「外国とか沖縄とかじゃなくて近くに移るだけよ。」
「都合のいいことを言うな!!」
「なんでガーガー怒るのよ…吉浜さんは、きよひこさんが長く働くことができるようにと思ってJFよりも少しだけどお給料がいい職場が見つかったからいかがですかって…」
「そんなツゴーのいい職場がどこにあるのだ!!」
「釜石にあるのよ…釜石の製鉄工場の経理事務のお仕事よ…住まいも工場からバスで一時間以内のところにある市営住宅よ…」
「そんなん断った!!オレは今までJFのために安いお給料でもがまんしてヘエヘエヘエヘエ言いながら与えられた仕事を文句ひとつも言わずに働いてきた…オヤジがさみしいさみしい言うからがまんしてここで暮らしてきたのだ!!今のオレの気持ちなんか義姉《ねえ》さんに分かってたまるか!!」
「分かっているわよ…吉浜さんはきよひこさんに釜石に移ったらどうですかと言うたのよ!!」
「だから断った!!吉浜《クソバカ》の言うことは絵に書いたもちだ!!」

あいつは、ごはんをたくさん残した後に黒い手提げかばんを手に取って、食卓から出ようとした。

「待ってよきよひこさん…朝ごはんたくさん残っているわよ…お腹がすくわよ…ねえ…」

あいつは、嫂《おねえ》に対してよりし烈な怒りをぶつけた。

「そう言うたあんたこそ宇宙飛行士の仕事で大成功をおさめたので鼻がテングになっていることに気がつけよ!!だからあんたはナマイキなんだよ!!オレはあんたらを一生うらみ通すからな!!」

あいつは嫂《おねえ》をボロクソに怒鳴りつけたあと、手提げかばんを持って家から出た。

あいつはますますイコジになったので、周囲の人たちは手に負えなくなった。

そうこうして行くうちに、ちづるは結婚準備が進んでいた。

同時に、めいこの家との間に生じたわだかまりがますます深まった。

この時点で、あいつはアウトになった。

だからアタシは、あいつを助けることはできないわよ!!
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