さくらの記憶
ようやく落ち着いた二人は、並んでベッドに座る。

北斗が、ぽつりぽつりと話し始めた。

「俺、ずっと不安だったんだ。さくらは東京で、いつまた俺のことを忘れてしまうか分からないって。だから、俺からは連絡しないって決めたんだ。だって、さくらが俺を忘れてしまったのなら、そのままにした方がいいから」

ええ?!と、さくらは驚いて北斗を見る。

「だからメッセージも、北斗さんからは送ってきてくれなかったの?」
「ああ。さくらが俺を覚えてるって状態でしか、送れなかったから」
「そんな…。私、てっきり北斗さんは私への気持ちが冷めたんだと思ったのに」
「そんな訳ないだろ?!俺がどんなに毎日さくらを想ってたか。会いたくて抱きしめたくて、どうか俺のことを忘れないでいてくれって願って…。さくらが連絡してこない日は、不安で仕方なかった。もしかして、小指に貼ってあった花びらが落ちて、俺のこと忘れたんじゃないかって」

北斗は、辛そうに顔を伏せながら言う。

「今日だってそうだ。まさか、あの会社でさくらが働いてるとは思ってもみなくて、驚いて。でも、小指を見たら絆創膏がなかった。それに、さくらも俺に話しかけてこない。きっと3日前に連絡してから、俺の記憶は失くなってしまったんだろうって。俺はこのまま、さくらとは別れるしかないって思ったんだ。でも、辛くて悲しくて…。ホテルの部屋で、もうどうしようもないくらい、涙が込み上げてきたんだ」

さくらは、そっと北斗の顔を覗き込む。

「北斗さん、泣いてたの?」
「当たり前だろ?!さくらと、もう前みたいに話せない。それに、あの人と仲良さそうにしてる。俺はもう、さくらをこの手で抱きしめることはできない。さくらは、あの人と幸せになるのかって思ったら、俺はもう…」

切なそうに胸元をギュッと掴む北斗を、さくらはそっと抱きしめる。

「…さくら?」
「私はいつだって、北斗さんのことを覚えてます。私にとってこんなにも大切な人のことを、忘れたりしない」
「でも、だって、花びらは?」

さくらは、ブラウスの袖をまくってみせる。
手首に絆創膏が貼ってあった。

「仕事上、小指に貼るのは見た目が良くないから、ここに貼ってるの。それに、剥がれちゃっても大丈夫。こっちの手首にも貼ってあるし、それに、ほら!花びらもこんなにたくさん持ってきたの」

さくらが小瓶を見せると、北斗は目を見開く。

「そ、そうだったのか。俺はてっきり、小指の花びらが剥がれ落ちて、さくらの記憶も…」

はあーと、安心したようにため息をつく。

「ね?だから私は北斗さんを忘れたりしない」

さくらが微笑むと、北斗はじっとさくらを見つめる。
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