さくらの記憶
「どうだった?二人と話せたの?」

さくらがリビングに戻ると、北斗がパソコンから顔を上げて尋ねた。

「うん。結婚するって報告したの。おめでとうって喜んでくれたよ」

そっか、と北斗も微笑む。

「栗林さんは?」
「さっきお風呂から出て、部屋で休んでるよ。今おじいが風呂入ってるから、次、さくら入りなよ」
「うん、ありがとう」

さくらは、キッチンで冷たい麦茶と電気ケトルを用意して、栗林の部屋に向かった。

「栗林さん?冷たいお茶を持ってきました」

ノックして声をかけると、栗林の返事がしてドアが開く。

「ありがとう、さくらちゃん」
「いいえ。麦茶、ここに置いておきますね。あと、このケトルはスイッチ入れるとすぐお湯が沸くので、お好きな時に使ってください。とりあえずインスタントのコーヒーと緑茶と紅茶、持ってきました」
「何から何までありがとう」

さくらは、ケトルをサイドテーブルに置いて、コンセントを繋いだ。

すると、ふと栗林が呟く。

「さくらちゃん、すっかりここの人なんだね」
「ふふ、旅館の仲居さんみたいですか?」
「いや、そうじゃなくて…」

栗林は、少し考えてから話し出す。

「実はね、君を俺のアシスタントにしたいって思ったのは、半分は下心からだったんだ」

え?と、さくらは手を止めて振り返る。

「ずっと前から、いつも受付で笑顔を絶やさないさくらちゃんのことが気になってたんだ。もちろん、君が優秀だから俺の仕事を手伝ってくれたら助かると思ったのは本当だよ。でも、もし引き受けてくれたら、その時は猛アタックして彼女にしたいと思ってた。まあ、結果はその前に玉砕だったけどね」

ははは、と頭に手をやって笑う。

「それでもやっぱり、どこか信じられなかったんだ。君が神代社長と結婚するなんて。だって、ステーキハウスでも、全くそんな素振りもなかっただろう?それに、入籍もしていないし、なんたって、遠距離のままだ。これは、もしかしたらまだ狙えるかも?って、浅ましくも期待してたんだ。俺の方が君と毎日顔を合わせているしってね。でも、今日ここに来て、つくづく思い知らされたよ。君は、もうこの家の人なんだな。それに、神代社長とも凄くお似合いだ。君が言っていた、千年前から繋がっているって言葉も、あながち嘘ではないんだろうね」

さくらは、ゆっくり栗林に頷いてみせる。

「それなら、俺なんか太刀打ち出来ない。きっぱり諦めがついたよ。おめでとう。お幸せにね。あ、あともうしばらくは、引き続き仕事のサポート、よろしく頼むね」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします」

さくらも笑顔で頭を下げた。
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