さくらの記憶
穏やかな日々が過ぎていき、季節が夏に変わった頃。

さくらはいつものように、木の二人に話しかけていた。

(最近、虫がたくさん出るのー。虫除けの結界とか張れないかしら)

『何言ってるの、さくらったら』

はなも尊も、おかしそうに笑う。

すると、ん?とはなが首をひねった。

『さくら?』

(え、なあに?)

『あなた…お腹の中に赤ちゃんがいるわよ』

(…は?)

さくらは、思わず目を開けて瞬きする。

(え、嘘でしょ?本当に?)

『ええ。だって、見えるわよ。あなたのお腹の中で小さな命が輝いてるのが』

「た、た、大変!北斗さん!」

さくらは、バタバタと屋敷に駆け込む。

「北斗さん!」

リビングに飛び込むと、驚いて北斗が顔を上げる。

「どうした?さくら。またでっかい虫が出たのか?」
「ち、違うの。赤ちゃんよ!」
「え、赤ちゃんなら小さいだろ?そんなに驚かなくても」
「驚くわよ。だって、赤ちゃんよ?北斗さんは驚かないの?」
「そりゃ、だって、赤ちゃんなら可愛いだろ?」
「可愛いわよ、そりゃ赤ちゃんは。でも、それよりまずは嬉しくないの?」
「えー、嬉しいとは思わないなあ。まあ、可愛いとは思うけど」

さくらは、ガーンとショックを受ける。

「北斗さん、嬉しくないの?そんな、私はこんなに嬉しいのに…。私だけ?赤ちゃん、パパは喜んでくれないって」

さくらがお腹に手を当ててそう言うと、ガタガターッと派手な音を立てて、北斗が椅子から立ち上がる。

「さ、さくら、お、お前、今、なんて…」
「だから、パパは嬉しくないのねって」
「バ、バカ!何を言ってるんだ!赤ちゃんって、俺とさくらの赤ちゃんか?」
「うん、もちろん」
「なな何ー?!ううう、嬉しくない訳ないだろう!お前、赤ちゃんになんてことを…」

北斗は、慌ててさくらの前に屈んでお腹に手を当てる。

「おーい赤ちゃん、今ママが言ったことは嘘だぞ?パパは、もの凄く嬉しいぞ!めちゃくちゃ喜んでるからなー!」

そして、改めてさくらに向き直る。

「さくら、本当に赤ちゃんができたんだな?」
「うん。はなさんがそう言ってた」
「そうか!じゃあ、えっと、検査薬買って来よう」
「え、でも近所に売ってるお店あるかなー?」
「よし、ならもう、病院行こう!」

北斗はさくらの手を引いて玄関に向かう。

と、ふと思い出したように振り向いた。

「さくら、さっき走っただろう?」
「え、あ、うん。嬉しくて、つい」
「だめだぞ!走るなよ!あと、階段から落ちるのも絶対だめだからな!風呂場と、あとキッチンマットでも滑るなよ!あー、どうしよう。心配でたまらない…」
「北斗さん、まずは病院で確かめてもらわないと」
「そうだな、よし、行くぞ」

ようやく二人は車で病院へ向かった。
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