さくらの記憶
「あの…」

小さく呼びかける声が聞こえてきて、北斗と祖父は顔を上げる。

リビングのドアのすき間から、さくらがこちらの様子を見ていた。

「あの、お風呂ありがとうございました」
「ああ、いや。温まったか?」
「はい」

さくらは、先程とは違ってトレーナー姿だった。

「バッグの中の着替えは、濡れてなかったか?」
「あ、一番上の服は少し濡れてましたが、他は大丈夫でした」
「そうか。あ、髪は?ドライヤーまだなのか」

さくらの黒髪が濡れているのを見て、北斗はパウダールームに案内する。

「はい、ここに座って。ドライヤーはこれ」
「すみません、ありがとうございます」

スイッチを入れて髪を乾かし始めたさくらを、北斗は鏡越しに何気なく見る。

(あどけなさがなくなって、大人っぽくなったなあ。でも綺麗な黒髪と大きな瞳は、あの時のままだ)

すると、ふと鏡の中のさくらと目が合い、慌てて視線を逸らす。

「じゃあ、終わったら声かけて」

そう言い残し、そそくさと出ていった。
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