さくらの記憶
とにかく、中に入りなさいと言って、ダイニングテーブルでお茶を出す。

ありがとうございます、と言って、さくらは少しお茶を飲んだ。

「えーっと、じゃあ、ちょっとだけ質問させてね。君、名前は?年はいくつ?学生さんなのかな?」

北斗の問いに、さくらは、下を向いて首を振る。

「分からないです…」
「そ、そっか。じゃあ、住んでる場所とか、なんかこういう感じの所、みたいなのは、覚えてないかな?」

またしても、小さく首を振る。

「…そっか。なら何か、身につけてるものない?ポケットに、ほら、スマホとか入れてないかな?」

さくらは、羽織っていたジャンパーやジーンズのポケットを探ってから、また首を振った。

そっか、と北斗も小さくくり返す。

すると、隣の祖父が口を開いた。

「あの桜…」
「はい」

祖父の言葉に被せるような返事に、三人とも、ん?と首を傾げる。

「…桜は」
「え、は、はい」

もしかして…と、北斗は身を乗り出す。

「君、さくらって名前なんじゃない?」
「あ…はい。そうかもしれない。そんな気がします」
「そうだよ、きっと。すごく自然に返事してたし。な?おじい」

北斗が同意を求めて祖父を見ると、ああ、そうだなと生返事をしてから、じっとさくらを見る。

「お前さん…えっと、さくらちゃんは、さっきあの木が見えたんじゃな?」
「え?あ、はい。とても立派で大きな木ですよね。あんな見事な桜の木、初めて見ました」

祖父は、驚きの余り声も出せないといったように、さくらをじっと見つめている。

「おじい?どうかした?」

北斗が隣から声をかけると、ようやく我に返って、ああ、何でもないとお茶を飲んだ。

今日はひとまずここで休みなさいと言ってさくらを寝かせ、夜が更けてから、祖父は北斗に長い長い話を始めた。

あの桜の木にまつわる、古くからの言い伝えを…
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