さくらの記憶
その日の夜。
さくらが寝たあと、北斗は祖父とリビングで話をする。

「どういうことだと思う？おじいは」
「そうじゃな…。さくらちゃんは、この屋敷から離れるにつれて記憶が混濁したんじゃないか？」
「混濁…。つまり、普段の記憶とここでの記憶が入れ替わろうとしたってこと？」
「多分な。途中で引き返さずに、そのまま遠くに行っていれば、おそらく普段の記憶が蘇ったんじゃないだろうか？そして、ここでのことは忘れてしまう」

え、じゃあ、と北斗は身を乗り出す。

「さくらちゃんを遠くに連れ出せば、全て解決するんじゃないか？彼女の記憶が戻れば、自分の家に帰れるんだし」
「そうじゃな。彼女がそれを望むなら、そうしてやった方がいい」
「なんだ？その妙な言い方は。俺は、さくらちゃんをちょっと騙してでも、連れ出してあげた方がいいと思うのに」

祖父は、じっとうつむいて何かを考えてから、ゆっくりと口を開く。

「北斗。さくらちゃんは、あの木の二人に導かれてここに来た。そしてあの二人は、さくらちゃんに何かを守って欲しいと願って、彼女に力を授けようとしていると、わしは思う。彼女が記憶を失ったのも、恐らくここに引き留めるため。それほど彼女は、あの木に必要とされている。そのさくらちゃんを、強引にここから離してもとの生活に戻すことが、果たして正しいことなのじゃろうか…」
「そ、そんなの、そうするべきなのは間違いないよ。だって、彼女の生活は？家族は？今、彼女のことを心配している人はどうなるんだ？それにさくらちゃんだって、記憶がないなんて不安に違いない。一刻も早く、彼女の記憶を取り戻させて、家に帰すべきだろう？」

祖父は、分かっていると言わんばかりに頷いた。

「ああ、そうするべきじゃな。わしもそう思う。こちらの勝手な想いで彼女を引き留めることは出来ない。明日、さくらちゃんに話をしてみなさい」
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