さくらの記憶
それからというもの、さくらはダイニングテーブルで、北斗が渡したノートに何やら書き込む姿が多くなった。

「何を書いてるの?」

向かい側の席でパソコンを開いていた北斗は、気になって聞いてみる。

「これですか?ふふ、私のことです」
「ん?君のこと?」
「そう。客観的に、私ってこういう人間なんだなって気づいたことを書いてるんです。そうすると、何か思い出すかもしれないし」
「へえー、見てもいい?」

北斗が覗き込もうとすると、さくらは慌ててノートを閉じた。

「だめ!」
「えー、なんで?気になる」
「だめです!秘密のノートなので」
「そんなこと言われたら、ますます気になる」
「大したこと書いてませんから」
「じゃあ見せてよ」
「だから、そんな、わざわざ見て頂くような内容じゃないので。つまらなくてがっかりしますよ」
「がっかりしないから!約束する」
「いーえ!だめです。絶対がっかりするもん」

北斗は、じーっとさくらを見つめる。

「ねえ、さくらちゃん。知ってる?そんなふうに言えば言うほど逆効果なんだよ?」
「え、そ、そうかな…」
「そうだよ。あとになればなるほど、見せづらくなる。ほら、サッと見せちゃいなよ!」

ええー?とさくらは、頬を膨らませる。

「…じゃあ、絶対にがっかりしないでくださいよ?大した内容じゃないので」
「うんうん、分かった!がっかりしないよ。約束する」

北斗が真顔で言うと、さくらは渋々ノートを差し出した。

「えー、なになに?『さくらってどんな人?』か…」
「ちょ、ちょっと!音読しないでください!」
「はいはい。えーっと、コーヒーよりは紅茶が好き。ミルクと砂糖は多め…」
「だから、声に出して読まないでってばー!」
「アイスはチョコよりバニラ派。えー!そうだったんだ。今度からバニラ買ってくるね」
「い、いえ、そんな、どうぞお気遣いなく…」
「虫が苦手。蜘蛛は1cmなら、なんとか許容範囲。ははは!この間も、部屋に大きな蜘蛛が出て、ギャーッて言ってたもんな。それから、なになに?性格は、ちょっぴり恥ずかしがり屋。あはは!」

もう!これ以上はだめ!と、さくらは顔を真っ赤にしてノートを取り上げる。

「えー?もっと見たかったのにー」
「だめです!だって北斗さん、おもしろがるんだもん」
「約束は、がっかりしないこと、だったでしょ?俺、約束通りがっかりしてないよ?」
「だけど、そんなにおもしろがるのもだめ!」

ちぇっ…と北斗は口を尖らせたあと、何かを思いついたように、さくらに顔を寄せる。

「ねえ、そのノートの反対側から俺も書いていい?さくらってどんな人?って」
「え、ええ?北斗さんが私のこと書くんですか?」
「そう。ほら、それもきっと、君の記憶を呼び起こすヒントになるかもしれないし。いいでしょ?」

さくらは、小さく頷いてノートを差し出す。

北斗は、ノートの最後のページを開くと、思いつくまま書き始めた。

(さくらちゃんは、そうだなー。笑うと可愛くて、怒るとほっぺが膨らむ。あと、気が弱そうに見えて、実はかなりの意地っ張り。ケーキやプリンを見ると、子どもみたいに嬉しそうに喜ぶ。暗いところやお化けが怖くて、寝る時は部屋が真っ暗だと眠れない。しっかり者のようで、本当はおっちょこちょい。階段から足を踏み外して落ちたり、キッチンマットで滑って転んだりする。あとは…、困ると眉毛がハの字に下がるでしょ?唇を尖らせてる時は拗ねてる証拠。あ!それと、泣き虫!テレビドラマですぐ感動して泣き出す…)

「あ、あのー、北斗さん?何やらもの凄くたくさん書いてません?」

さくらが正面から声をかけてくる。

「んー?そうかな」
「それに、なんだかニヤニヤしてるし…」
「いや、俺は真面目だよ?君の記憶が戻るように、真剣に考えてるんだ」
「そ、それは、ありがとうございます」
「はい!今日のところは、ここまでにしておこうかな?また思いついたら書くからね」

さくらは、礼を言ってノートを受け取り、目を通しながら顔を真っ赤にしていた。
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