さくらの記憶

「さくら、落ち着いてよく聞くんだ。きっとこれから、さくらは少しずつ自分の記憶を取り戻す。だから、何も心配せず、安心してもとの生活に戻ればいい」
「いや！そんなこと望んでない！私は、あの木のそばに帰りたいの。北斗さんのそばにいたいの。あの場所…あそこは、どこだった？どこから来たの？いや！忘れたくない！早く、戻って！」
「落ち着け！」

北斗は、さくらをギュッと抱きしめる。

「大丈夫だ。これから君は安全な場所に帰れる。大切な家族や友人にも会える。安心して。何も怖がることはないよ」
「いや、いやよ！私は、私は北斗さんと一緒にいたいの。あなたが私に優しくしてくれたこと、忘れたくない！ほら、色んなことあったはずでしょ？何だったかな、たくさんあったわよね？北斗さん！私、あなたの名前も忘れそうなの。いや、忘れたくない！好きなの、北斗さんのことが！」

さくらは、涙をぽろぽろこぼしながら、必死に北斗の顔を見上げる。

「お願い、忘れさせないで…。私にあなたの名前を…お願いだから、忘れさせないで」
「さくら…」

北斗は、ひたすらさくらを強く抱いて己の気持ちを抑え込む。

「いや！私の中で、頭の中で、あなたのことが消えていく…。だめよ！お願い、私から離れていかないで！」

さくらの目から涙がほとばしる。
そして、迫ってくる何かに抵抗するかのように、ギュッと北斗の首に抱きつくと、強く唇を押し当てて北斗にキスをした。

まるで、自分を相手に刻み込むように。
そして、相手を自分に刻み込むように。

やがてさくらは力尽きたように、意識を失った。