ネズミ駆除業者
 天井裏や床下そして壁の中からガサガサゴソゴソという物音が聞こえるようになって一週間。貴女は遂に、物音の正体と顔を見合わせた。そのときの様子は、こんな具合だ。
 気配を感じて真夜中に目を覚ましたら、闇の中に小さな光が幾つも蠢いている。枕元に置いていたスマホの明かりで室内を照らすと「キーキー」という鳴き声が喧しい。布団から出ている素足に何かが当たった。慌ててベッドから体を起こし、壁のスイッチを押す。天井の照明が灯った。足の方にいた黒っぽい灰色の物体が室内を走り回る。それだけではない。同じような黒灰色の塊が何十匹もゴミの散らかった床の上を駆け回っている。空になったカップ麵や弁当箱の間を走る謎の生き物たちの正体が何か、貴女は分からない。不思議な生物の繰り広げる大運動会を我を忘れて凝視していた貴女は、やがて思い出したかのように悲鳴を上げた。謎の小生物たちは寝室の壁と床の接合部に開いた小さな穴の中へ次々と入り、姿を消した。
 あれはきっとネズミに違いない、と貴女は思った。ネズミのような野生動物は田舎にしかいないと勝手に考えていたが、都会の高級住宅地にある自分の屋敷にも出るのだと気付き、怒りと恐怖で震える。ネズミの巣が屋敷の中か、屋敷を取り囲む林の何処(いず)かにあるのだろう。駆除が必要だ。だが、どうやって?
 そう言えば、そういった業者が新聞受けに入れた広告のチラシがあったはず……と考えた貴女はゴミの中から苦労して目当ての紙を見つけ出した。屋敷の中に自分以外の人間を入れるのは絶対に嫌だが、ネズミとの共同生活も御免だった。この屋敷にネズミ駆除業者を招き入れるかどうか決めるのは、この業者に電話してからにしようと考える。
 電話に出た男は、ネズミが疑わしいけれど調べてみないと何とも言えないと断定を避けた。ネズミだとしたら、どういう対処法があるのかと貴女は尋ねる。素人がやるのならば殺鼠剤が良いと、相手は答えた。それだけ聞けば十分だった。貴女は礼の言葉も言わずに電話を切る。宅配業者が届けた殺鼠剤を屋敷の中と外の敷地内のあらゆる場所に仕掛ける。ネズミが殺鼠剤に手を付けた様子はあった。しかしネズミの死骸は見当たらない。見えないところで死んでいるのだろうと貴女は考えた。このまま殺鼠剤を撒き続けていれば、いつかネズミは死に絶えるはず……と思ったけれど、出没する黒灰色の塊の数は増える一方だった。
 貴女は激怒した。(くだん)の業者に再び電話する。最近のネズミの中には殺鼠剤の効かない種類がいると電話の男は言った。何とかしろと貴女は怒鳴る。相手の男は「実際に調査しないと対策の立てようがないです。私に任せて下さい。ネズミはペストのような危険な病気の原因となります。やるからには徹底的に調べ、根こそぎ駆除しなければいけません」と答えたので、貴女は電話を切った。しばらく怒りは収まらなかった。だがネズミとの同居はもうたくさんだった。三度、業者に電話をする。来訪の予約をした。その日が来た。
 作業服を着た業者の男は色々な機材を持って屋敷を訪れた。貴女の監視の(もと)で広大な邸内の至る所を調査する。やがて男は言った。
「ネズミの巣は寝室の壁の裏側の隙間にあるようです。床と接する部分に小さな穴が開いています。そこから出入りするのでしょう。穴の中へファイバースコープを入れ、中を視認します。巣があれば除去します」
 貴女は規定以上の料金を支払い、業者を追い出した。後は自分でやると告げる。何も面倒なことではない。壁の穴を何かで塞げば良いのだから――と思い重い箱で穴を封じるも、出入り可能な穴は他にもあるようでネズミの出現は続いた。穴の中へ殺鼠剤を入れても効き目が無かったので、煙で燻してみようと思ったが、窓を閉め切った室内で火を起こしたら自分の方が死ぬかもしれないと考え、止める。
 壁を壊し、中の巣を除去しようと貴女は決意した。トンカチで壁を叩き壊す。なかなか手間のかかる作業だった。壁の中に隠された部屋が、やっと出て来た。ネズミの巣は、どこだ? 懐中電灯で暗闇を照らす。白骨死体は見えたが、他には何もない。ネズミの巣など、どこにもない!
「やはり死体の隠し場所は、ここでしたか」
 男の声が聞こえ、貴女は驚いた。いつのまにか自分の横に男が立っている。見覚えのある顔だった。
「お前は、ネズミ駆除業者!」
「それは仮の姿。本当は探偵です。失踪した貴女の御主人の捜索を御主人の御実家から依頼されまして、警察と協力して調査を進めておりました」
 男の説明が終わる前に警察が室内に入ってきた。壁の中の隠し部屋にある白骨死体を見て、刑事が貴女に尋ねた。
「この白骨死体について、何かご存じでしょうか?」
 貴女は何も知らないと答えた。刑事は言った。
「この死体は行方不明の御主人の可能性があります。そして貴女には、御主人を殺害し死体を隠した疑いが掛けられています」
 そして刑事は貴女を逮捕した。
「警察署でお話を伺いますので、御同行願います」
 連行される前に、貴女は探偵に苦情を言った。
「ヘボ探偵さん。ネズミの巣は、ここになかったわよ」
 ヘボと言われた探偵は肩をすくめた。
「私も不思議なんです。貴女が仰るような、ネズミがいる痕跡はどこにも見当たらなかったんですよ。貴女が目撃したのは、本当にネズミだったのですか?」
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