悪役令嬢は全力でグータラしたいのに、隣国皇太子が溺愛してくる。なぜ。
 なぜ今までユーリエスに手を出してこなかったと思っているのだ。これから私の妻になるとわかっていたから、我慢していたのだぞ。
 あれほど美しい女など他にはいないではないか! あの女以外に私にふさわしい妻などいない!!

「……クリストファー殿下」

 フランセル公爵の低く鋭い声に、私はびくりと身体を震わせた。喉がカラカラに乾いて張りつき、声が出ない。嫌な汗が背中を伝っていく。
 まるで獰猛な獣が、本気で私を殺そうとしているような感覚に襲われた。

「今回は円満な婚約解消をユーリエスが望んだので、私もそのように処理しました。ですが……」

 臣下のくせに私を見下ろすように立ち、グレーの瞳にはすでになんの感情もこもっていない。ただその瞳の奥に仄暗い闇が広がっていた。

「クリストファー殿下がユーリエスを泣かせたことは、決して忘れていませんよ」

 そのまま踵を返して出ていくフランセル公爵を、息をするのも忘れて眺めていた。ゆっくりと閉ざされた扉の音でハッと我に返る。

「なっ……なんなのだ……! あの態度は……!」

 息苦しくて肩を大きく上下して、深い呼吸を繰り返した。冷や汗が額を伝って落ちてきて、気持ち悪い。
 それよりも。

「ユーリエスと婚約を解消したのか……本当に? 私の意思は関係なく……?」

 私は事実を確認するべく父上のもとに向かった。



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