悪役令嬢は全力でグータラしたいのに、隣国皇太子が溺愛してくる。なぜ。
「だったら、これから存分に愛を注いでやるから戻ってくるのだ!」

 なにを今さら慌てているのだろうか。今さら愛を注がれたところでまったく心に響かないし、そんなに別れてほしくなければ最初から大切にすればいいのに。この会話を耳にしているフレッドから、ピリピリとした魔力が漏れ出している。主人が理不尽なことを言われ、忠誠心が篤い騎士だからこそ怒りを感じているのだ。

「これ以上食い下がるのでしたら、ご令嬢から集めた証言を王太子殿下の不貞の証として国王陛下へ提出いたします。父から渡せば、あの数では国王陛下でも無視できないでしょう」
「そっ……そん、な……私は、お前がなにも言わなかったから……問題ないのだと……」

 私がなにも言わなかったのは、以前の私が王太子に嫌われたくなくて黙って耐えていたからだ。
 記憶を取り戻してからは、一瞬で気持ちが冷めたけど。

「私がなにも言わなければ、数々のご令嬢と浮名を流してもかまわないというのですか?」
「……だって、いつだってお前は微笑んでいたじゃないか!」
「微笑みの下は、いつも悲しみと嫉妬であふれてました。もう、そのような思いはしたくありません」

 上面しか見ないから、物事の本質が見えてこないのだ。それは貴族社会で、また政治的なやり取りでは致命的な欠点となる。誰が本心を隠さず打ち明けると? 本心を覆い隠して牙を研ぐのが当たり前の貴族社会なのに。

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