悪役令嬢は全力でグータラしたいのに、隣国皇太子が溺愛してくる。なぜ。
     * * *



 お姉ちゃんが亡くなったと知らせを受けたのは、会社にいる時だった。
 警察から訃報を聞いても、それが現実だなんて思えなかった。

 あの時の記憶は断片的にしか覚えていない。遺体安置所のひんやりした空気の中で横たわるお姉ちゃんを見て、顔にかかった白い布も外してみたけど寝てるだけじゃんって思った。でも触れてみたら、そこにはわたしを包み込んでくれたお姉ちゃの温もりはなくて。

「お姉ちゃん、ねえ。お姉ちゃん……お姉ちゃん! お姉ちゃん……っ」

 どんなに声をかけても返事が返ってくることがなかった。
 お葬式も私が喪主だったけど、なにかした記憶なんてない。大家さんとお姉ちゃんが担当だったというお店の店主さんたち、後は会社の人たちが弔問してくれたのは覚えている。

 火葬場でひとり、お姉ちゃんが灰になるのを待っていた。
 両親が死んだのはわたしが十二歳の時だ。お姉ちゃんは新卒で働いていたけど生活はギリギリで、でもわたしのためにご飯も用意してくたし参観日にも来てくれた。

 月に一度だけファミレスで外食するのが贅沢で、お姉ちゃんがいたから寂しさも感じなかった。わたしは保険金で大学に通うことができて、ちゃんと就職もできたからこれからお姉ちゃんにたくさん恩返ししたかったのに。

 わたしの心も一緒に燃えて灰になったような気がした。

 それから一週間は会社に休みをもらっていたけど、なにもする気が起きなくてぼーっと過ごしていた。友達からは連絡が来ていたけれど返す気にもなれなくて放置したままだ。

「チョココロネ……食べたいなあ……」

 お姉ちゃんとよく一緒に食べた。一番安いやつを買って、半分こした。
 お姉ちゃんはいつもわたしにチョクリームの多い方を分けてくれて、お姉ちゃんの存在を感じたくて無性に食べたくなった。

 よろよろと起き上がって部屋着の上にパーカーを羽織ってコンビニへ向かった。コンビニの前の信号が青になったから渡っていたら車のライトが迫ってきて、次の瞬間には道路に転がっていた。

 痛みもなにも感じなくて、意識がどんどん闇に呑まれていく。
 最後に強く願ったのは。

 お姉ちゃんと一緒に幸せになりたかった。ふたりとも綺麗な服を着て、たくさんおしゃれして、大好きな人に囲まれてふたりで幸せになりたかった。いつか、ここから愛せる人と——

 それが白木美華の最後の記憶だ。



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