この一秒に、愛を込めて
 動物園なんて、何年振りかわからないくらい久々だ。こんなに時代が変わっても入園料が未だワンコインであることに驚かされる。
 
「ひなたさん、何から見たいとかありますか?」
「私? え……と」
「じゃあとりあえず、順路通り周りましょうか」
「はい、それでお願いします」
「了解です」
 そう言って笑うと、進藤さんは迷うことなくスイスイと園内を進んでいく。きっと、よく来ているんだろうな。
 ゾウを見て、キリン、シマウマ、そしてトラ。久しぶりに本物を見ると、この歳になってもワクワクする。童心に帰るって、こういうことなのかも。
 
「あっ、見て進藤さん。このコたち、夫婦ですって」
 目の前にあり柵の向こう側には、ヤギがいる。柵にはヤギたちを紹介する写真付きのプレートが提げられており、そこにはヤギたちの家族構成が表示されていた。
 
『おっ! あそこに可愛い子がいるな』
 
「え?」
 
 驚いて後ろを振り返ると、進藤さんが園内マップで口元を隠しながら、どうしたの? という顔で私を見る。
 ヤギたちの方に顔を戻すと、また後ろから声がした。
 
『いやぁ、お姉さん可愛いね。名前なんていうの? オレはジローってんだ。聞いてくれよ、うちの母ちゃんうるさくてさ。おい、ちょっと黙ってろ! さあお姉さん、名前教えてくれよ』
 
 目の前のヤギ(ジロー)がつぶらな瞳を私に向けてくる。本当にしゃべっているみたい。

「ひ、ひなた……」
 
『ひなたってのか! いい名前だなあ!』

『ちょっとアンタ、いい加減にしな!』

『げっ、母ちゃん! いやっ、違うんだ、これはだな、その……』

『そんなチャラいからいつまで経っても人気投票でヒツジのやつらに勝てないんだよっ』
 
「ふっ」
 
 耐えられなくなって、私は進藤さんの方を振り返って笑った。進藤さんは澄ました顔をしていたものの、一緒になって笑った。
 
「何ですか、今の」
「ん? ヤギのセリフです」
「ヤギのセリフ?」
「はい。つい勝手にセリフ考えてしまうんですよね」
「それは、職業病……?」
「うーん、どうでしょう。仕事では自由にセリフを付けることは無いんで。ほら、字幕って必ずオリジナルのセリフがあるでしょう? 俺はそのオリジナルを最適な日本語に変換するだけなんです」
 ああ、でも。と進藤さんは優しい顔で微笑んだ。
 
「喜んで——笑ってくれたんですよ。さっきみたいに俺が初めて動物にセリフを付けた時。だから、調子に乗ったんでしょうね」
 
 その笑ってくれた相手は、誰なんだろう。聞いたら教えてくれたかもしれないけれど、私は聞かなかった。知りたいような、知りたくないような。……知りたくはない、かな。
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