この一秒に、愛を込めて
 ヤギ舎を離れたあと、ライオンを見て、サル山のサルたちにセリフを付けて、私はまた大笑いした。洋画の吹き替えみたいな話し方なのに、進藤さんが当てるセリフはどこか昭和くさくて、それがまた見事に私のツボにハマった。
 
「ひなたさん、そろそろお昼にしましょうか? 歩き疲れてません?」
 目の前には、園内に設けられた休憩スペースがある。親子連れやカップルが数組座っており、食事をしている。焼きそば、と書かれた暖簾が小さな売り場の前でパタパタとはためいている。
「そうですね。あの、実は私、お弁当作ってきたんです」
 手作り弁当なんて正直、重たいかな……と悩んだものの、意を決して作ってきた。ちょっとでも、進藤さんの気を引きたかったから。
 バッグから風呂敷に包んだお弁当を取り出して彼に恐る恐る見せると、進藤さんはポカン、と固まっている。
「進藤、さん……?」
「えっ、あっ! ええ! おべ、お弁当⁉︎ ひなたさんの手作り?」
 な、何、この動揺っぷりは。
「は、はい……一応手作りです」
「うっわ、マジか! いや、めちゃくちゃ嬉しいです! 最高です! 食べたいです!」
 あまりのオーバーリアクションに、私はまた笑った。この人は本当に、いろんな顔をする。もっと見ていたくなる。
「是非。その為に作ったので」
 
 進藤さんの味の好みがわからなかったので、一通り定番のおかずを詰め込んだ。それに、たくさん握ったおにぎり。空の下で食べるおにぎりは最高に美味しいから。
 お弁当箱の蓋を開けると、進藤さんは歓喜の声を上げた。食べる前からこんな喜ばれるなんて想定外すぎる。もっとクールな反応を予想していたから。
 
「では遠慮なく。いただきます!」
 元気よくそう言って、進藤さんはパンッと手を合わせた。迷うことなく、彼のお箸は玉子焼き目掛けて一直線に飛んでいく。玉子焼きが好きなのか……なるほど。覚えておこう。何故か玉子焼きを宝物でも見るかのように目の前で見つめてから、パクリと口に入れた。
 
「美味しい……」
 
 その言葉が聞けて、ホッとした。
 私の作る玉子焼きはお砂糖たっぷりの甘い味付けで、紗織さんには不評だった。ちなみに彼女は断然、出汁巻き派だと言う。
「良かったぁ……。玉子焼きって、家庭によって味付けが違うから、結構好み分かれるんじゃないかと思っ」
 
「————っ」
 
 え?
 
 進藤さんが、泣いている。玉子焼きを食べながら。どこに泣くポイントがあったのかさっぱりわからないんだけど、でも、彼は確かに泣いている。
 
「あ……ごめんなさい、すみません。ちょっと、花粉かな……ははっ」
 
 そう言って、進藤さんはゴシゴシと自分の腕で目元をこすって、笑ってみせた。
 
「進藤さん……大丈夫ですか?」
 もしかして、彼はものすごく疲れているんじゃないだろうか。花粉じゃないことくらいわかる。嘘がヘタクソすぎるよ。他人の、しかも最近連絡先を交換したばかりの女が作った玉子焼きを食べただけで涙が出るなんて、心が疲れているんだとしか思えない。
「全然。大丈夫ですよ。あ、このハンバーグも食べていいですか?」
 何でもなかったかのように言いながら、進藤さんはお弁当に手を伸ばす。
「……もちろんです。たくさん食べてくださいね」
 
 それから二人で、お弁当を全て平らげた。
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