「大好き♡先輩、お疲れ様です♡」溺愛💕隣りのわんこ系男子!
第20話 「先輩、お疲れ様です♡」10
私と城ヶ崎君は箱根神社と九頭龍神社を参拝してお休み処で休憩したりしているうちに、気づけば集合時間になっちゃった。
バスに乗り込んでお土産屋さんが立ち並ぶ箱根湯本駅に向かう。
「茜音ちゃん楽しかった? 城ヶ崎君と《《二人っきり》》の箱根神社散策は?」
今田主任が『二人っきり』をやけに強調しながらニヤニヤと笑う。
「えっ、ええ。まあ……」
「うふっ。茜音ちゃん、照れちゃって」
「照れてませんよ〜。……うん。はい、そうです、城ケ崎君と散策は楽しかったです。城ヶ崎君って気兼ねなくいられるから気持ちが楽なんですよね。沈黙も苦じゃないっていうか……」
「うんうん、そういう子よね。あとは二人は気が合うっていうのもあるんじゃない?」
「そうですかね。……城ヶ崎君といると緊張しないのでホッとはします」
バスの座席は今田主任が隣りなの。
気心知れた人がお隣りの席だと気軽だし、旅もいっそう楽しい。
「はい、ふかしたての温泉まんじゅうあげる。美味しそうでしょ? そうそう城ヶ崎君ってね、けっこう狙ってる女子社員が多いから茜音ちゃんも好きって気持ちがあるならちゃんと恋人宣言しといたほうが良いわよ」
「ありがとうございます、お饅頭、ほんのりあったかぁい。……あっ。わ、私は城ヶ崎くんとはそういうんじゃなくって……」
「うふふ。この口の固い今田に隠し事は必要ないわ。私、この旅行で城ヶ崎君に告白しようっていう子に相談されたんだけど、茜音ちゃんのことも訊かれちゃった。はぐらかしといたけどね。彼女たち、茜音ちゃんに告白すること言ってもいいとか言うのよね。宣戦布告のつもりかしら?」
彼女たちって……、複数ってこと?
城ヶ崎君って人気があるとは思っていたけど。
私、こんなことを聞いたってどうしようもないのに、ちょっとモヤモヤとしたものが胸に広がるのはどうしてかな。
「……気の合う人や大切な人との出会いってわりとありそうでないから、気持ち大事にしてね。城ヶ崎君は茜音ちゃんのことが一途に好きだから心配ないと思うけどタイミングってやっぱりあるのよねえ」
「今田主任も旦那さまとそうでしたか?」
「うち? うちはねえ、腐れ縁よ。私と旦那って幼馴染みなの。向こうがどうしてもって懇願してきて泣いてお願いするから情にほだされちゃったのよね。その時に付き合ってたカレシと別れて……」
「ええっ! 旦那様、情熱的じゃないですか」
「まあ、略奪愛って本人は熱く語るけど。彼の想いの熱さにやられた……ううん違うわね、なんか可哀想だったからよ。……哀愁漂っちゃってさあ」
「母性本能をくすぐられちゃったんですか?」
「そう、ね。ちょっと城ヶ崎君みたいかも。ワンコ系っていうの? 捨てられた子犬みたいな瞳をするもんだから放っておけなくなるのよね」
「ちょっと分かる気がします」
「でしょう? ずるいのよ。きっとこっちの胸きゅんポイントを分かってて突いてくるのよね」
「わ、分かります。城ヶ崎くんといるとしょっちゅう胸がきゅんってします。それに不意打ちでドキドキもさせてくるから……」
「うふふっ。良かった。茜音ちゃんってやっぱり……」
楽しくおしゃべりをしているうちに観光バスは湯元温泉駅のお土産物通りに到着しました。
私は今田主任とのんびりお店をいくつか見て回ってお土産を吟味していた。
すると、そこへ――。
「ねえねえ、お姉さんたちぃ。俺たちと一緒に飲みに行かな〜い?」
「どっから来たの? 俺たち地元民だから楽しい場所《トコ》いっぱい知ってるよ」
えっ? こんな温泉街のお土産物屋さん通りでナンパですか?
私はまさかナンパなんかされると思わず、珍しいやら驚きで声が出なかった。
となりに立つ今田主任の反応といえば……。
「ええっ? ナンパ? キャー、旦那に自慢できる〜。私もまだまだイケるわね」
そ、そんな。今田主任ってば嬉しそうに興奮してる。
ナンパしてきたちゃらちゃらした二人組。片方の男の人は私の手首を握ってきて「カラオケとかでも良いよ、ねえねえ、行こうよ〜」としつこい。
「やめてください、離して。私たち、会社の旅行なのでカラオケとか行ってる暇はないんです」
「ねーねー、そんなん良いじゃんか。抜けてもバレないって。俺たちと遊んだほうがぜえったいに楽しいから〜」
もうっ、なにが俺たちと遊んだほうが楽しいだ。
すでに困ってて、気分は楽しくなんかないのに。
「――やめろ。僕の大事な人に触《さわ》んな」
「い、いててててっ!」
あっ……。
怒った声で現れた人が、私の手を掴むナンパ男のもう片方の手をひねり上げる。
たまらないっといった感じでナンパ男が手を離すと、私は解放されて体が自由になる。
「城ヶ崎君っ!」
「あらあ、城ヶ崎君! とってもナイスなタイミングね〜。かっこいいっ」
「連れがいるなら、早く言えよなあっ!」
「……だから会社の旅行だって言ったのに」
「僕の連れに軽々しく手を触れてほしくないね」
城ヶ崎君がナンパ男たちに凄むとあっさり二人組は逃げるように去って行った。
「大丈夫ですか? 野坂先輩、今田主任。ケガとかありません?」
「城ヶ崎君……」
「ありがとうね、城ヶ崎君。でも私ちょっとナンパとかって何年ぶりかしら〜って興奮しちゃった。……このあとは二人でお土産屋さんまわったら? 私はもう旦那と子どもたちにお土産買ったしぃ。茜音ちゃん、先にバスに戻るわね」
助けてくれた城ヶ崎君の顔を見たら、すごくホッとした。
ちょっと格好良かった。
今田主任は私と城ヶ崎君を二人きりにしてくれようと気をつかってバスに戻ってしまった。
「野坂先輩、一緒にお土産見ようか?」
「うん……。助けてくれてありがとう」
城ヶ崎君にさり気なく手を握られる。
「いえいえ、なんてことないです。なにごともなく無事で良かった。僕は先輩のためならいつでも駆けつけます。……大丈夫? 先輩、震えてる」
「そう? あの人たち強引だったからかな。ちょっとびっくりしただけ」
「ごめん、近くにいなくて」
「えっ、良いんだよ。だって城ヶ崎君だって私とずっと一緒にいる義務なんて……」
「俺はそばにいたいです。ただちょっと野暮用があったもんで」
「野暮用? 仕事?」
「いえ、野坂先輩が心配することじゃないです。仕事のことってわけでもないんで」
城ヶ崎君が私の見つめる視線から目を逸らす。
悪戯が見つかってバツが悪い子供のような表情をしてる。
その仕草がなんだかいつもの城ヶ崎君らしくなくって、余計に気になった。
知られたくないことを知られそうになって、焦ってるみたい?
追求されたら困ることがあるのかな?
私のすぐ隣りを城ヶ崎君は歩いていたのに半歩先を歩く。
城ヶ崎君のあからさまな態度、それはまるで表情を見られてたくないみたいで。
誤魔化したいことがあるのかも。
「……そう、だよね。私が城ヶ崎君のプライベートとか知る必要ないもんね」
「ううっ、先輩むくれてる? ……もう、野坂先輩には勝てないな。秘密とか隠し事とか先輩には僕はぜったい出来ませんね」
「む、むくれてなんかないですぅ。そもそも城ヶ崎君のことなんか知らないことだらけだもん。私が全部を知りたいだなんてそんなこと思ってもないし。女子社員の誰から告白されたって私には関係のないことですから」
「えっ?」
手を繋ぎながら少し前を歩いてた城ヶ崎君は立ち止まる。
振り向いた城ヶ崎君は驚いた顔をしてる。
「もしかして先輩は僕のことを知りたいと思ってくれてるんですね?」
「そ、そんなわけないよ」
「で、僕が誰かから告白されたんではないかと探りをいれてくれてるのかな?」
えっ、図星?
そんなことないって自分に言い聞かせるつもりが、自分自身の胸のうちにあった思わぬ本心を知る。
私自身が気づかなかったキモチ。
――それは嫉妬と焦りかも?
城ヶ崎君は私にしか興味がないって言ってくれてるけど、私は城ヶ崎君の告白にも恋人になって欲しいという言葉にもうんと頷かないから。
待ちきれずに、もう愛想を尽かしていつ違う人になびいたっておかしくないものね。
「正直に言います。僕はこの旅行に来て三人から告白されましたけど。出来るだけ誠実に断ったつもりです」
「えっ……。さ、三人も……。へえ〜、城ヶ崎君ってモテるのね」
「あんまり感心なさそうじゃないですか。断ったのはもちろん野坂先輩、あなたのことが好きだからですよ? 関係ないことないんですからね。あなたのことが諦められないから。……僕が他の女の人に気持ちがいくわけないじゃないですか」
なんで、城ヶ崎君は私をそんなに好きでいてくれるんだろう?
再びぴたっと横を歩く城ヶ崎君からの視線を感じて恥ずかしい。
耳まで真っ赤になってるかもしれない。
熱くて、顔が熱くて。
……城ヶ崎君に握られた手があったかかった。
🌼
箱根観光を満喫した私たちは、宿に到着したらまずは温泉を楽しんで、社員旅行の醍醐味である宴会で大盛りあがり……。
私は騒がしすぎる体育会系のノリにはついていけないので、こっそり抜け出した。
旅館にはバーやカフェもあるの。
酔い醒ましに珈琲を飲もうかな。
「野坂先輩、一人で珈琲ですか」
「あっ、城ヶ崎君。どうして?」
「宴会場を抜け出す先輩が見えたんで。良かったら僕と、箱根スイーツと日本酒を楽しみませんか?」
旅館の並びに箱根プリンと地酒を味わえるカフェがあった。
観光地にしては珍しくまだ開いてる。
しかも半個室で。
城ヶ崎君は弾けるような笑顔を添えて、冷え冷えの地酒を入れた綺麗なガラスで出来たお猪口を私に渡してくれた。
「ありがとう」
城ヶ崎くんが優しげな笑みを浮かべてる。
「先輩、キスしても良いですか?」
「――っ! 城ヶ崎君、こんなとこでだめ」
「ちぇっ、先輩にキスしたいなあ」
城ヶ崎君がふてくされている。
むくれた顔、かわいいっ。
城ヶ崎君が可愛いからちょっと意地悪したくなるなんて言ったら、怒られちゃうかな。
私と城ヶ崎君の二人のあいだに変に甘い雰囲気が漂ってしまう。
じっと見つめてくる城ヶ崎君の瞳にドキドキしちゃう。
ときめきをはらんだ期待がないといったら嘘になりそうな、二人のあいだの空気。
「先輩、良いよね?」
「良いわけな……」
駄目だよって言いたかったのに。
城ヶ崎君の真っ直ぐ私を見てくる瞳の煌めきに負けて、私は目を閉じて受け身になってしまった。
重なる唇がやわらかで熱くて。
「手加減したくないな」
かわいいワンコ系男子なはずの城ヶ崎君が、オオカミ男子に豹変します。
「だ、だめだよ? これ以上はだめ、城ヶ崎君」
見上げると、城ヶ崎君はがっつり頬を膨らませてプンプンしてる。
むくれた顔の城ヶ崎君が可愛くておかしくて。
気が抜けて、笑ってしまう。
「笑うなんてひどいなあ、先輩。どうせ野坂先輩は僕よりイケメン社長が良いんだ」
「そ、そんなことないよ」
城ヶ崎君の腕が私を包むように抱きしめてくる。
「じゃあ、野坂先輩。僕を好きって言って? 僕だけが好きだって先輩に言って欲しいなあ」
「わわわっ、私! えっ、え〜っと」
い、いけない。
人肌が恋しいからか、城ヶ崎君の勢いに押されて流される〜。
私はもう社内恋愛はこりごりなのに〜。
ドキドキしちゃう。
密着した私と城ヶ崎君はゼロ距離です。
城ヶ崎君の唇がまた近づいてくる。
心臓がとくんと高鳴る。
触れたか触れないかの軽いタッチの口づけがかえってドキドキさせてくる。
きゃー、きゃーっ、恥ずかしいよ、城ヶ崎君にキスされて抱きしめられてます。
旅館の浴衣がはだけてあらわになる城ヶ崎君の締まった筋肉の胸元がやけに色っぽい。
彼の鎖骨が見える。
上下する喉仏と硬そうな胸が男らしくて、無駄にドキドキ。
振りほどけないな。
密着した胸板が思ったより筋肉質なのを思い出す。
だって城ヶ崎君って童顔で可愛い顔しててアイドルみたいなのに、触ると鍛えているのか腕や胸の筋肉が硬くて逞しいんだよね。
甘々わんこ系男子なのに、不意に男らしくて力強さを知ると、きゅううんって私の胸が高鳴って疼いて苦しくて。
城ヶ崎君の心臓の鼓動が聴こえる。
さらにドキドキしちゃう。
思わず吐息が漏れて、そんな自分にびっくりした。
このまま城ヶ崎君になにもかも身を委ねてしまいそう。
私は城ヶ崎君のあったかくて心地よい抱擁から逃れられなかった。
「野坂先輩、大好きです。今夜こそは僕と付き合うって言って?」
城ヶ崎君の胸の中で埋《うず》もれるようにしていると、なんだか安心できて眠くなってきてしまいます。
お酒も入ったからか仕事の疲れが出たからか、すごく眠いの。
「良いんだよ、僕になら甘えても何もかもさらけ出しても。先輩、あなたの弱さですらあなたの魅力の一部だから」
ふわふわと良い気持ち。
ドキドキしちゃってるのに眠くなってくる。
「あーあ。もっと一緒にいたいのに。先輩眠いんでしょう?」
「うん。眠いかも」
「宿に帰りましょうか。歩ける? 先輩、僕がおんぶでもしようか?」
「そ、そそれは大丈夫!」
城ヶ崎君に支えるようにされながら、私はカフェを出る。
外は風がそよいでいた。
熱気を含んだ夏の外気にほんのり涼やかさを運んでくる。
城ヶ崎君の両手がおいでと広げられる。
戸惑う私に城ヶ崎君の手が伸びてきて。彼に手を握られると思ったら、ひょいっと横抱きにされてしまった。
「きゃあっ。良いです、大丈夫です。恥ずかしいっ」
「誰もいませんよ。周り見てみて」
「だ、誰もいないみたいだけど……。恥ずかしいよ」
「先輩はお姫様抱っこよりおんぶのほうが良いですか? ほろ酔いで足元がおぼつかない先輩を見るのは心臓に悪いんで。いつ転ぶかとひやひやしますよ」
近づく顔が火照ったように熱くて仕方がない。
この熱はお酒のせいより、城ヶ崎君のせい。
「あの日のおんぶのお返しが出来て僕は嬉しいですよ」
「お返しか〜。私と城ヶ崎君ってずっと昔に会ってるなんて不思議だよね」
「そうですね。再会できて本当に嬉しいです。僕はあの時もドキドキしてましたけど、先輩は今ドキドキしてますか?」
「……うん、ちょこっとね」
全然本当はちょこっとじゃない。
鼓動の早さはちょこっとどころじゃないのに。
ドキドキが半端ないんですけど……。
ねえ、このドキドキ、もしかして城ヶ崎君に聞こえちゃってるかな?
バスに乗り込んでお土産屋さんが立ち並ぶ箱根湯本駅に向かう。
「茜音ちゃん楽しかった? 城ヶ崎君と《《二人っきり》》の箱根神社散策は?」
今田主任が『二人っきり』をやけに強調しながらニヤニヤと笑う。
「えっ、ええ。まあ……」
「うふっ。茜音ちゃん、照れちゃって」
「照れてませんよ〜。……うん。はい、そうです、城ケ崎君と散策は楽しかったです。城ヶ崎君って気兼ねなくいられるから気持ちが楽なんですよね。沈黙も苦じゃないっていうか……」
「うんうん、そういう子よね。あとは二人は気が合うっていうのもあるんじゃない?」
「そうですかね。……城ヶ崎君といると緊張しないのでホッとはします」
バスの座席は今田主任が隣りなの。
気心知れた人がお隣りの席だと気軽だし、旅もいっそう楽しい。
「はい、ふかしたての温泉まんじゅうあげる。美味しそうでしょ? そうそう城ヶ崎君ってね、けっこう狙ってる女子社員が多いから茜音ちゃんも好きって気持ちがあるならちゃんと恋人宣言しといたほうが良いわよ」
「ありがとうございます、お饅頭、ほんのりあったかぁい。……あっ。わ、私は城ヶ崎くんとはそういうんじゃなくって……」
「うふふ。この口の固い今田に隠し事は必要ないわ。私、この旅行で城ヶ崎君に告白しようっていう子に相談されたんだけど、茜音ちゃんのことも訊かれちゃった。はぐらかしといたけどね。彼女たち、茜音ちゃんに告白すること言ってもいいとか言うのよね。宣戦布告のつもりかしら?」
彼女たちって……、複数ってこと?
城ヶ崎君って人気があるとは思っていたけど。
私、こんなことを聞いたってどうしようもないのに、ちょっとモヤモヤとしたものが胸に広がるのはどうしてかな。
「……気の合う人や大切な人との出会いってわりとありそうでないから、気持ち大事にしてね。城ヶ崎君は茜音ちゃんのことが一途に好きだから心配ないと思うけどタイミングってやっぱりあるのよねえ」
「今田主任も旦那さまとそうでしたか?」
「うち? うちはねえ、腐れ縁よ。私と旦那って幼馴染みなの。向こうがどうしてもって懇願してきて泣いてお願いするから情にほだされちゃったのよね。その時に付き合ってたカレシと別れて……」
「ええっ! 旦那様、情熱的じゃないですか」
「まあ、略奪愛って本人は熱く語るけど。彼の想いの熱さにやられた……ううん違うわね、なんか可哀想だったからよ。……哀愁漂っちゃってさあ」
「母性本能をくすぐられちゃったんですか?」
「そう、ね。ちょっと城ヶ崎君みたいかも。ワンコ系っていうの? 捨てられた子犬みたいな瞳をするもんだから放っておけなくなるのよね」
「ちょっと分かる気がします」
「でしょう? ずるいのよ。きっとこっちの胸きゅんポイントを分かってて突いてくるのよね」
「わ、分かります。城ヶ崎くんといるとしょっちゅう胸がきゅんってします。それに不意打ちでドキドキもさせてくるから……」
「うふふっ。良かった。茜音ちゃんってやっぱり……」
楽しくおしゃべりをしているうちに観光バスは湯元温泉駅のお土産物通りに到着しました。
私は今田主任とのんびりお店をいくつか見て回ってお土産を吟味していた。
すると、そこへ――。
「ねえねえ、お姉さんたちぃ。俺たちと一緒に飲みに行かな〜い?」
「どっから来たの? 俺たち地元民だから楽しい場所《トコ》いっぱい知ってるよ」
えっ? こんな温泉街のお土産物屋さん通りでナンパですか?
私はまさかナンパなんかされると思わず、珍しいやら驚きで声が出なかった。
となりに立つ今田主任の反応といえば……。
「ええっ? ナンパ? キャー、旦那に自慢できる〜。私もまだまだイケるわね」
そ、そんな。今田主任ってば嬉しそうに興奮してる。
ナンパしてきたちゃらちゃらした二人組。片方の男の人は私の手首を握ってきて「カラオケとかでも良いよ、ねえねえ、行こうよ〜」としつこい。
「やめてください、離して。私たち、会社の旅行なのでカラオケとか行ってる暇はないんです」
「ねーねー、そんなん良いじゃんか。抜けてもバレないって。俺たちと遊んだほうがぜえったいに楽しいから〜」
もうっ、なにが俺たちと遊んだほうが楽しいだ。
すでに困ってて、気分は楽しくなんかないのに。
「――やめろ。僕の大事な人に触《さわ》んな」
「い、いててててっ!」
あっ……。
怒った声で現れた人が、私の手を掴むナンパ男のもう片方の手をひねり上げる。
たまらないっといった感じでナンパ男が手を離すと、私は解放されて体が自由になる。
「城ヶ崎君っ!」
「あらあ、城ヶ崎君! とってもナイスなタイミングね〜。かっこいいっ」
「連れがいるなら、早く言えよなあっ!」
「……だから会社の旅行だって言ったのに」
「僕の連れに軽々しく手を触れてほしくないね」
城ヶ崎君がナンパ男たちに凄むとあっさり二人組は逃げるように去って行った。
「大丈夫ですか? 野坂先輩、今田主任。ケガとかありません?」
「城ヶ崎君……」
「ありがとうね、城ヶ崎君。でも私ちょっとナンパとかって何年ぶりかしら〜って興奮しちゃった。……このあとは二人でお土産屋さんまわったら? 私はもう旦那と子どもたちにお土産買ったしぃ。茜音ちゃん、先にバスに戻るわね」
助けてくれた城ヶ崎君の顔を見たら、すごくホッとした。
ちょっと格好良かった。
今田主任は私と城ヶ崎君を二人きりにしてくれようと気をつかってバスに戻ってしまった。
「野坂先輩、一緒にお土産見ようか?」
「うん……。助けてくれてありがとう」
城ヶ崎君にさり気なく手を握られる。
「いえいえ、なんてことないです。なにごともなく無事で良かった。僕は先輩のためならいつでも駆けつけます。……大丈夫? 先輩、震えてる」
「そう? あの人たち強引だったからかな。ちょっとびっくりしただけ」
「ごめん、近くにいなくて」
「えっ、良いんだよ。だって城ヶ崎君だって私とずっと一緒にいる義務なんて……」
「俺はそばにいたいです。ただちょっと野暮用があったもんで」
「野暮用? 仕事?」
「いえ、野坂先輩が心配することじゃないです。仕事のことってわけでもないんで」
城ヶ崎君が私の見つめる視線から目を逸らす。
悪戯が見つかってバツが悪い子供のような表情をしてる。
その仕草がなんだかいつもの城ヶ崎君らしくなくって、余計に気になった。
知られたくないことを知られそうになって、焦ってるみたい?
追求されたら困ることがあるのかな?
私のすぐ隣りを城ヶ崎君は歩いていたのに半歩先を歩く。
城ヶ崎君のあからさまな態度、それはまるで表情を見られてたくないみたいで。
誤魔化したいことがあるのかも。
「……そう、だよね。私が城ヶ崎君のプライベートとか知る必要ないもんね」
「ううっ、先輩むくれてる? ……もう、野坂先輩には勝てないな。秘密とか隠し事とか先輩には僕はぜったい出来ませんね」
「む、むくれてなんかないですぅ。そもそも城ヶ崎君のことなんか知らないことだらけだもん。私が全部を知りたいだなんてそんなこと思ってもないし。女子社員の誰から告白されたって私には関係のないことですから」
「えっ?」
手を繋ぎながら少し前を歩いてた城ヶ崎君は立ち止まる。
振り向いた城ヶ崎君は驚いた顔をしてる。
「もしかして先輩は僕のことを知りたいと思ってくれてるんですね?」
「そ、そんなわけないよ」
「で、僕が誰かから告白されたんではないかと探りをいれてくれてるのかな?」
えっ、図星?
そんなことないって自分に言い聞かせるつもりが、自分自身の胸のうちにあった思わぬ本心を知る。
私自身が気づかなかったキモチ。
――それは嫉妬と焦りかも?
城ヶ崎君は私にしか興味がないって言ってくれてるけど、私は城ヶ崎君の告白にも恋人になって欲しいという言葉にもうんと頷かないから。
待ちきれずに、もう愛想を尽かしていつ違う人になびいたっておかしくないものね。
「正直に言います。僕はこの旅行に来て三人から告白されましたけど。出来るだけ誠実に断ったつもりです」
「えっ……。さ、三人も……。へえ〜、城ヶ崎君ってモテるのね」
「あんまり感心なさそうじゃないですか。断ったのはもちろん野坂先輩、あなたのことが好きだからですよ? 関係ないことないんですからね。あなたのことが諦められないから。……僕が他の女の人に気持ちがいくわけないじゃないですか」
なんで、城ヶ崎君は私をそんなに好きでいてくれるんだろう?
再びぴたっと横を歩く城ヶ崎君からの視線を感じて恥ずかしい。
耳まで真っ赤になってるかもしれない。
熱くて、顔が熱くて。
……城ヶ崎君に握られた手があったかかった。
🌼
箱根観光を満喫した私たちは、宿に到着したらまずは温泉を楽しんで、社員旅行の醍醐味である宴会で大盛りあがり……。
私は騒がしすぎる体育会系のノリにはついていけないので、こっそり抜け出した。
旅館にはバーやカフェもあるの。
酔い醒ましに珈琲を飲もうかな。
「野坂先輩、一人で珈琲ですか」
「あっ、城ヶ崎君。どうして?」
「宴会場を抜け出す先輩が見えたんで。良かったら僕と、箱根スイーツと日本酒を楽しみませんか?」
旅館の並びに箱根プリンと地酒を味わえるカフェがあった。
観光地にしては珍しくまだ開いてる。
しかも半個室で。
城ヶ崎君は弾けるような笑顔を添えて、冷え冷えの地酒を入れた綺麗なガラスで出来たお猪口を私に渡してくれた。
「ありがとう」
城ヶ崎くんが優しげな笑みを浮かべてる。
「先輩、キスしても良いですか?」
「――っ! 城ヶ崎君、こんなとこでだめ」
「ちぇっ、先輩にキスしたいなあ」
城ヶ崎君がふてくされている。
むくれた顔、かわいいっ。
城ヶ崎君が可愛いからちょっと意地悪したくなるなんて言ったら、怒られちゃうかな。
私と城ヶ崎君の二人のあいだに変に甘い雰囲気が漂ってしまう。
じっと見つめてくる城ヶ崎君の瞳にドキドキしちゃう。
ときめきをはらんだ期待がないといったら嘘になりそうな、二人のあいだの空気。
「先輩、良いよね?」
「良いわけな……」
駄目だよって言いたかったのに。
城ヶ崎君の真っ直ぐ私を見てくる瞳の煌めきに負けて、私は目を閉じて受け身になってしまった。
重なる唇がやわらかで熱くて。
「手加減したくないな」
かわいいワンコ系男子なはずの城ヶ崎君が、オオカミ男子に豹変します。
「だ、だめだよ? これ以上はだめ、城ヶ崎君」
見上げると、城ヶ崎君はがっつり頬を膨らませてプンプンしてる。
むくれた顔の城ヶ崎君が可愛くておかしくて。
気が抜けて、笑ってしまう。
「笑うなんてひどいなあ、先輩。どうせ野坂先輩は僕よりイケメン社長が良いんだ」
「そ、そんなことないよ」
城ヶ崎君の腕が私を包むように抱きしめてくる。
「じゃあ、野坂先輩。僕を好きって言って? 僕だけが好きだって先輩に言って欲しいなあ」
「わわわっ、私! えっ、え〜っと」
い、いけない。
人肌が恋しいからか、城ヶ崎君の勢いに押されて流される〜。
私はもう社内恋愛はこりごりなのに〜。
ドキドキしちゃう。
密着した私と城ヶ崎君はゼロ距離です。
城ヶ崎君の唇がまた近づいてくる。
心臓がとくんと高鳴る。
触れたか触れないかの軽いタッチの口づけがかえってドキドキさせてくる。
きゃー、きゃーっ、恥ずかしいよ、城ヶ崎君にキスされて抱きしめられてます。
旅館の浴衣がはだけてあらわになる城ヶ崎君の締まった筋肉の胸元がやけに色っぽい。
彼の鎖骨が見える。
上下する喉仏と硬そうな胸が男らしくて、無駄にドキドキ。
振りほどけないな。
密着した胸板が思ったより筋肉質なのを思い出す。
だって城ヶ崎君って童顔で可愛い顔しててアイドルみたいなのに、触ると鍛えているのか腕や胸の筋肉が硬くて逞しいんだよね。
甘々わんこ系男子なのに、不意に男らしくて力強さを知ると、きゅううんって私の胸が高鳴って疼いて苦しくて。
城ヶ崎君の心臓の鼓動が聴こえる。
さらにドキドキしちゃう。
思わず吐息が漏れて、そんな自分にびっくりした。
このまま城ヶ崎君になにもかも身を委ねてしまいそう。
私は城ヶ崎君のあったかくて心地よい抱擁から逃れられなかった。
「野坂先輩、大好きです。今夜こそは僕と付き合うって言って?」
城ヶ崎君の胸の中で埋《うず》もれるようにしていると、なんだか安心できて眠くなってきてしまいます。
お酒も入ったからか仕事の疲れが出たからか、すごく眠いの。
「良いんだよ、僕になら甘えても何もかもさらけ出しても。先輩、あなたの弱さですらあなたの魅力の一部だから」
ふわふわと良い気持ち。
ドキドキしちゃってるのに眠くなってくる。
「あーあ。もっと一緒にいたいのに。先輩眠いんでしょう?」
「うん。眠いかも」
「宿に帰りましょうか。歩ける? 先輩、僕がおんぶでもしようか?」
「そ、そそれは大丈夫!」
城ヶ崎君に支えるようにされながら、私はカフェを出る。
外は風がそよいでいた。
熱気を含んだ夏の外気にほんのり涼やかさを運んでくる。
城ヶ崎君の両手がおいでと広げられる。
戸惑う私に城ヶ崎君の手が伸びてきて。彼に手を握られると思ったら、ひょいっと横抱きにされてしまった。
「きゃあっ。良いです、大丈夫です。恥ずかしいっ」
「誰もいませんよ。周り見てみて」
「だ、誰もいないみたいだけど……。恥ずかしいよ」
「先輩はお姫様抱っこよりおんぶのほうが良いですか? ほろ酔いで足元がおぼつかない先輩を見るのは心臓に悪いんで。いつ転ぶかとひやひやしますよ」
近づく顔が火照ったように熱くて仕方がない。
この熱はお酒のせいより、城ヶ崎君のせい。
「あの日のおんぶのお返しが出来て僕は嬉しいですよ」
「お返しか〜。私と城ヶ崎君ってずっと昔に会ってるなんて不思議だよね」
「そうですね。再会できて本当に嬉しいです。僕はあの時もドキドキしてましたけど、先輩は今ドキドキしてますか?」
「……うん、ちょこっとね」
全然本当はちょこっとじゃない。
鼓動の早さはちょこっとどころじゃないのに。
ドキドキが半端ないんですけど……。
ねえ、このドキドキ、もしかして城ヶ崎君に聞こえちゃってるかな?