「大好き♡先輩、お疲れ様です♡」溺愛💕隣りのわんこ系男子!

第25話 「先輩、お疲れ様です♡」12

 箱根の夜は城ヶ崎君とお酒を愉しんで……。
 私、ずっと――。
 ふわふわといい気持ちだった。
 起きたら私を見つめる城ヶ崎君の顔が目の前にあって、すっごくびっくりしたけど。
 城ヶ崎君と一緒にいたからか……、私は安心してぐっすり眠ってしまったんだ。
 目覚めがすっきりしてる。

 朝、まだ太陽が昇らない薄明かりの日の出前のうちに城ヶ崎君の部屋から戻って、自分の部屋に戻ると今田主任が起きて待っててくれてた。

「ごめん! ほんとごめんね、茜音ちゃん」
「いえ、うっかりしてたのは私の方です。城ヶ崎君と出掛ける前に鍵のこと気づけば良かった。心配かけてごめんなさい」
「じゃ、僕はこれで」

 部屋まで送ってくれた城ヶ崎君が去ると、今田主任がニヤニヤと意味深に笑いながら私の腕を肘で小突いてくる。

「うふふっ。城ヶ崎君にはラッキーだったわね。茜音ちゃん、城ヶ崎君になんかされちゃわなかった?」
「わ、私、城ヶ崎君になんにもされてませんからっ! ……たぶん」
「『たぶん』? あらまあ、隠さなくっても良いのよ〜、二人は独身同士の恋人がいない男女なわけだし。なにか間違いがあったって」
「間違いってなんですかソレ〜。人に言えないようなこと、私と城ヶ崎君の間にはありませんから……」
「なんだあ、残念。私ってば期待しちゃった」
「……それが実はお酒に酔ってしまい、あまり覚えてなくってですね」
「茜音ちゃんが覚えてないなら、大したハプニングはなかったのよ。ロマンチックなことがあったら流石にこう感覚とか感触? とか思い出すだろうしね」
「そ、そうですよね」


 本格的に起きるにはまだ早かったから、私は今田主任と宿の朝御飯時間の前に温泉に入ることにしたの。

「春って言ったってまだまだ寒いわね〜、茜音ちゃん」
「さ、寒〜い。ほんとですね。ここが山だからか余計かな」

 大浴場は岩がゴツゴツとして山の景色が見渡せる露天風呂もあるの。
 ゆっくりと足のつま先から熱めのお湯に入っていく。
 清浄な風が澄んで冷えた空気を運ぶ。
 じわじわ〜っとあったまる身体と対比して、顔にはひんやりとした風が当たる。
 絶えずお湯の出る水音と名前も知らない野鳥のさえずる鳴き声が情緒があってたまらなく良い。

「気持ちいい〜」
「ほんとほんと。家に帰りたくなくなるわあ」
「今田主任。家庭とお仕事、それに子育てって……やっぱり想像以上に大変ですよね」
「あら? あら、ウフフ。なあに、茜色ちゃんも家庭とか持ちたくなっちゃった?」

 今田主任って、不思議な人だ。
 ほんわかしてて、肩肘張らずに本音が話せてしまう。

「そりゃあ、考えますよ。友達とか周りが結婚したり出産したりが続いたんで」
「そうなんだ〜。まっ、既婚の私からは申し訳ないけど綺麗ごとだけを言えないよね。未だにこの令和の時代になったって、日本じゃ女の社会進出は風当たりが強いわよ。子供が熱を出したりするとか予想外の出来事が起きるじゃない? 会社じゃ協力してくれる人もいるけど、おじさんの一部は急な休みや早退に嫌味がキツイわね。私、有給休暇使って正当に休んでるのに。まったく世の融通の利かない男どもは誰から産まれたと思ってんのよね。みんなお母さんから、女からしか産まれないのよ。なのに男尊女卑って根深くて、女を下に見て扱う上司はいつまでも蔓延ってるわよね」
「今田主任、苦労なさってるんですね」
「あら〜、これからはますます他人事じゃないわよ、茜音ちゃん。……茜音ちゃんは育児とか家事とかバッチリ協力的な優し〜いイケメンを捕まえないとね。まあ、城ヶ崎君なら合格点かな。ねっ?」
「じょ、城ヶ崎君は……。べっ、別に恋愛対象とか結婚対象とかではなくてですね……」
「今さら、良いよ〜。隠さなくても大丈夫だから。二人が両想いなのは私には分かってるから。あとは茜音ちゃんの気持ち。茜音ちゃん次第。城ヶ崎君の想いに勇気出して応えてあげたら? ……あーあ、私、早く帰りたくなってきた〜。旦那と愛する我が子に会いたいわ」
「今田主任、さっき帰りたくないって言ってましたけど?」
「やだあ、茜音ちゃん。家族には会いたいわよ。旦那より特に息子。フフッ、一日でホームシックって感じ。ただ家事とか仕事とか誰にも感謝されない雑務とかからしばらく離れたいだぁけ」
「温泉最高ですもんね」
「まさに上げ膳据え膳、たまにはお姫様気分で何もしない日がないとやってられないわよね。……でも、結婚って思ってた以上に大変だけど、思ってた以上に良いもんよ」
「今田主任、すごく幸せって顔に書いてあって羨ましいです」
「フフッ、幸せだもの。実を言うとね、私と旦那って最初は……付き合う前は喧嘩ばっかりだったのよ。それが告白されてすぐに求愛《プロポーズ》されて面食らったけど。案外溺愛されちゃうし、周りにはバカップルで有名になっちゃった」
「へえ〜、面白いですね」
「恋は人を変えるのよ。茜音ちゃんも城ヶ崎君も前から二人とも素敵だけど、最近はすっごく楽しそうで、さらに素敵になったわよ」

 露天風呂には仲良しの今田主任と私の二人だけで女同士気兼ねなく、いつも以上におしゃべりも弾む。

「茜音ちゃんは城ヶ崎君とこれからどうしたい?」
「えっ? どうしたいか……ですか?」
「うん。茜音ちゃんのペースで良いとは思うんだけどね。城ヶ崎君が甘えたがりで茜音ちゃんにちょっかい出していちゃいちゃベタベタしちゃうでしょ? 二人が付き合ってないって知ると会社じゃ悪く言う人も出てくるから。それとなく城ヶ崎君には釘を刺しといたんだけどね、オフィスじゃ気をつけなさいって。プライベートな時間ならいくらでも良いけど」
「そうなんですよね。私もそろそろ城ヶ崎君に返事をしないといけないとは思ってます」

 誰も見てないとか思っていても、誰に見られてるかは分からないもん。
 今田主任の言うとおりだ。心配してくれてる。
 最初の頃は拒んでいたのに、今では城ヶ崎君に抱きしめられたりするのが全然イヤじゃない。
 だったら?
 もう、答えは出ているのに。
 気持ちを伝えるのって、あらためていざとなったらすごく勇気がいることなんだね。

 こんな思いをして、城ヶ崎君も舜先輩も他にも好意を寄せてくれる人たちは私に告白してきてくれてたんだ。……すごく申し訳ない気分になる。
 でも私、どう言って返せばいいか。
 いまだに正解は分からない。

 舜先輩や和久井先輩の気持ちは嬉しい。
 だけど、私の心を支配してる好きって気持ちは……、胸の中に甘くて切ないものがあふれるのは城ヶ崎君といる時だ。

 ふと、唇に熱と感触を感じる。
 キスの名残り……、思い出す……城ヶ崎君の温もり。

 昨晩、どこからか私は酔っ払ってしまったようです。
 城ヶ崎君といると気持ちの柵とか壁とかが崩壊してどうやらポンコツになってしまうみたい。

 城ヶ崎君、迷惑じゃないのかな〜。
 し、ししかも朝起きたら、城ヶ崎の泊まる部屋で私っ! ……城ヶ崎君と一つの布団で寝てた。

 わ〜っ、きゃ〜っ、信じられない。
 こ、これってとんでもなくはしたないことではないですか?

 城ヶ崎によるときっかけは部屋の鍵が開かなかったからで、しょうがないですよなんて言ってくれてたけど。

 ところどころ思い出したこともあるけど、そもそも何を覚えていないのかが分からない。

 朝まで城ヶ崎君が抱きしめててくれたことが、嬉しかったのは事実で。
 ……どうしよう。私、やっぱり城ヶ崎君のこと……好きなんだ。

 思い出すと城ヶ崎君のあたたかい温もりがまた欲しくなる。
 彼といると、彼が抱き締めてくれるたびに私を埋めつくすのはドキドキとホッとする安心感……、いつの間にか城ヶ崎君は私にとってこんなに大きい存在になってたんだ。

 朝、実は城ヶ崎君の腕の中で起きた時、はっきり自分の気持ちを自覚してしまったけれど……。
 ううん、もっと前から私は城ヶ崎君と一緒にいたいと思ってた。

 どうしよう……!
 伝えようと思ってる。
 で、でもでも……。
 言葉にするのは恥ずかしい。
 城ヶ崎君に言うなら早いほうが良いに決まってる。
 待っていてくれてるもん。

 言ったら……、城ヶ崎君に「好きです」って言ったら彼はどんな顔をするんだろう。
 ……言ったことあるか。あったよね?
 じゃあ、じゃあ、どうする?
 あ〜「好きです、城ヶ崎君。お待たせしてすいません」って言う?
 ううっ、ちょっとロマンチックに欠けるかな。

 私はプチパニックにおちいっていた。
 そんな私の顔を見て今田主任が笑う。

「城ヶ崎君、喜ぶわよ」
「えっ? 私気持ちがダダ漏れでした?」
「うん。茜音ちゃん、ニヤニヤしたり困った顔したかと思うと赤くなって。恋してる乙女の可愛い顔してるもの。良いわね〜。私も旦那とそんな淡くて甘い時期に戻りたいわ〜」
「告白するかどうかは……分からないんですけど」
「鎌倉で自由時間は二人で回ればチャンスは巡ってくるわよ」

 よく考えたら、私って男の人に告白なんかしたことなかったんだ。
 中山君の時はいつの間にかいい雰囲気になって、最初は彼の方から好きとか言ってくれた気がする。
 受け身ばかりではいけないと思いつつ、この歳まで来てしまった。
 待って、待って。
 カレシがいたことなんて一回しかない恋愛経験ほとんど皆無の私が、城ヶ崎君の彼女になんて……自信がないな。

 急に不安が押し寄せてきた〜。
 どきどきする。
 それは大事なプレゼン前の上がってる時とかのどきどきと同じで、出来ることなら逃げ出したい。
 ……そもそも城ヶ崎君って私のどこが好きなんだろう?
 私が中学生で彼が小学生の時に一目惚れしてくれたらしいけれど。

     🌼

 私と今田主任はお風呂から上がって大浴場の出入り口の暖簾をくぐって廊下の通路に出る。

 自動販売機に寄って行こうとしたら、和久井先輩が廊下のベンチに座っていた。

「野坂さん、キミが好きだ。俺と一緒にニューヨークに行ってくれない? ……なんて言えねーよな」
「……和久井先輩」

 ……聞くつもりはなかったの。
 はっきり聴こえてきてしまったけど……。

「まあっ、和久井さんったらこんな所で愛の告白? 茜音ちゃん、私は先に部屋に行ってるから〜」
「あっ、今田主任!」

 ま、待って。私を置いてかないで〜。
 気まずいよ、こんなの。

「茜音ちゃん。逃げんなよ」
「和久井先輩……、あの」
「この間のも今のも冗談じゃないぜ、本気だから」

 困った……、どうしよう?

 私が踵を返してその場から離れようとすると和久井先輩に腕を掴まれ引っ張られ、先輩の胸の中にすとんとおさまってしまう。

 だめ、離れなくっちゃ。
 誰かにこんな場面《とこ》を見られたら誤解されちゃう。

 プチパニックになりつつ慌ててると、和久井先輩の笑い声がする。

「茜音ちゃん、そんな慌てなくてもこんな朝っぱらからいくら俺でも襲いやしないし。少しだけ話、出来ないかな?」
「……和久井さん、彼女さんはどうしたんです? 別れてすぐですよね」
「アイツは自由な女だから。もう新しい恋を見つけたんだってさ」
「きっ、きっと和久井先輩は失恋してただ人恋しいだけです。私もそういうのなんとなくですけど分かりますから。……とりあえず手を離してください」
「離すけど、逃げないって約束してくれる? 茜音ちゃん」

 む〜っ、困った。
 和久井先輩のことは嫌いじゃないけど押しが強くて華やかすぎて昔っから少し苦手だ。
 賑やかなグループのど真ん中でぴかぴかしている人には気後れしてしまう。

「そんなに困らすつもりはなかったのに。……大学時代から舜には心を許すのに俺にはよそよそしいよね」
「……そ、そんなことないですよ」

 図星だ。和久井先輩は勘が鋭い人だな〜。
 和久井先輩はベンチに座りなおすと、横をぽんぽんと手で叩く。

「こっちおいでよ。取って食いやしないよ」
「は、はあ……」

 き、気まずい。
 私と和久井先輩の間にしばらく沈黙が訪れて。

 城ヶ崎君とならこんな時間も困らなくて……気軽で心地良いのに。

 私は城ヶ崎君といる時の沈黙には困らないことを思い出してた。

 和久井先輩がすくっと立って横の自動販売機を見る。
 背が高いなあ。
 見上げて見ると、和久井先輩とバシッと目と目が合う。私が視線を逸らすと和久井先輩が追うように声がかかる。

「茜音ちゃん、ココア好きだったよな? 飲む?」
「ありがとう……ございます」

 和久井先輩は私のこと、しっかり憶えてるんだ。
 大学時代なんて何年も前のことなのに。

「こうして横に座ってるとサークルで行った星空キャンプとか思い出すなあ」
「和久井先輩、モテモテでしたね。いつでも女子に囲まれてて」
「まあね。色んな女の子と付き合ったな〜」
「否定しないんだ」
「モテたのは事実。舜目当てで俺に近寄ってくる子もいたけどな。まあでも面倒も多いよ。俺、来る者拒まず去るもの追わずの精神だから」

 ああ、それで。
 ニューヨーク支店から一緒に来た彼女ともすっぱりさっぱりなんだ。

「でも茜音ちゃんは別。俺、きみのことは諦めないから」
「……困ります。私、好きな人がいるんです」
「なあ、それって番犬君のことだろ? ……城ヶ崎君だっけ。会ったよ、さっき。茜音ちゃんにはもっと甘えさせてくれる大人の男のほうが似合うと思うぜ。俺とか舜みたいなさ」
「城ヶ崎君は充分私のこと……あっ」

 和久井先輩の両手で頬を包み込まれて、私は動揺した。
 近づく眼差しは怖いぐらいにひどく真剣で力強い。

「無理やりでなんて口づけたりしない。代わりに受け取ってよ」

 手に小ぶりの有名ブランドのプレゼントボックスを握らされて、私は即座に突き返した。

「こういうの理由もなく受け取れませんっ。私、困ります」
「茜音ちゃんのために用意したんだ。ま〜、キミは受け取らないとは思ったけど」

 喜ぶ女性もいるかもしれない。
 けど、それって和久井先輩に少なからず好意を持ってる人でしょう?

 ……きっと好きな人からのサプライズのプレゼントなら嬉しい。

「あーあ、可愛いんだぜ、そのブレスレット。茜音ちゃんに似合うと思って買ってきたのになあ」
「そんな高価そうな物、もらえません。私、もう戻りますね」

 ベンチから立ち上がると、和久井先輩も立ち上がる。
 腰に手を当てられ引き寄せられてしまうと、和久井先輩の腕のなかにおさまる。

「威勢が良いんだな。うん、その態度たまんないね。ますます好きになった。キミがどんなジュエリーなら喜んでくれるのか興味が湧くよ」
「……」
「好きだ――、茜音ちゃんのこと。……こんなにも俺はキミに惹かれてる。ちょっとやそっとじゃ俺は諦めないから」

 和久井先輩が私の耳元で囁く。
 私は反射的に飛び退いた。

 和久井先輩は悪戯っぽくウインクしてから微笑んだ。

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