月へとのばす指
ああそうだ、彼女ともっと話をしてみたかったんだ。自分の行動の理由に、今さら久樹は気づいた。
「いや、……その、ええと」
だがこの状況で、どんな話題なら不自然でないのか。それを思いつけない。
唯花のまっすぐな、訝しげな視線を感じながら、必死で頭をひねる。
「その、館野さんて今何歳?」
「え?」
口にしてすぐ「しまった」と思う。よりによって女性に、面と向かって聞くのが年齢だなんて。だが今さら引っ込めるわけにもいかない。
「や、その、大人っぽいなあと思って。入って二年って聞いたから」
それは確かに、初対面の時から思っていることだった。入社三年目とはいえ、醸し出す落ち着いた雰囲気が突出している気がしたのだ。
久樹の言葉に、唯花はなぜか、口元だけで苦笑する。
「よく言われます。でも私、三年目ですけど同期の子よりも上ですから。今年二十九です」
「えっ」
今度は久樹が戸惑った。年を聞いて、落ち着きぶりに納得はしたものの、何故だろうという疑問が頭に渦巻く。
……ということは、彼女は新卒入社ではなく中途なのか。前はどこに勤めていたのか、何の仕事をしていたのか。どうして、うちに入ってきたのか。
「すみません、もう行きますね。仕事に戻らないと」
「あ、ああ。引き止めて悪かった」
「失礼します」
お辞儀をして踵を返し、エレベーターホールへと歩いていく唯花の後ろ姿を、名残惜しく見送る。背筋が伸びて綺麗だな、なんてことを思いながら。
ふと嫌な予感がして、受付カウンターを振り返ると、受付嬢が三人そろってさっと目をそらした。年長の二人はすました表情を崩さずにいるが、一番若い一人は、口元が震えるのを抑えられていない。
……自分の態度は、自分が思うよりも、あからさまであったらしい。
「ただいま戻りました」
「お帰り。ちょっと遅かったね」
「すみません、藤城次長にお会いして、少しお話をしていました」
総務部に戻り、声を掛けてきた部長に、唯花はそう説明した。ああ、と部長は納得顔になる。
「君は彼と入れ違いに入ってきたからね、よくは知らないだろう」
「……そうですね、人から聞く話でしか」
「社長のご子息だしあの見た目だから、色眼鏡で見る人もいるが、案外真面目なんだよ」
「はい、そのようにお見受けしました」