月へとのばす指
【3】
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目が覚めた時、時計は五時過ぎを差していた。
昨日は早めに寝たし、わりと熟睡できた気がするのだが、珍しいなと唯花は思った。朝には強くも弱くもなく、たぶん平均的だ。普段ならあと一時間ぐらいは寝ている。
ぐっすり眠れたからか、目覚めはすっきりしている。せっかく早く起きたのだから掃除でもしておくか、と考えながら顔を洗い、フローリングの床をモップでざっと掃き、ゴミを専用クリーナーで吸い取る。レンタル品だからそろそろ交換の人が来るだろう。その時にダストボックス用の紙袋を注文しておかなくては。
そんなことを考えつつ、朝食を作った。唯花はパン派で、トーストとスクランブルエッグ、サラダにホットミルクが定番である。今朝も同じメニューで用意した。
その頃には六時十五分、普段の朝食時間と同じ頃合いだった。テレビをつけると朝の情報番組の時間だ。最新ニュースと、お役立ち情報の類が交互に映し出される。合間の天気予報によれば、五月なのに今日も二十五度近くまで上がる予想で、暑くなりそうだった。
夏用のコーディネートにするかどうしようか悩んで、前者を取る。会社の制服は衣替え前だからまだ長袖だ。必要ないかもしれないが、念のためカーディガンを持って行っておこう。
着替えながらいろいろ考えているうちに、出勤時間が迫ってきた。歯磨きは終えている。いつもの程度、薄めのメイクをして、火の元と窓の鍵を確認し、照明を消して家を出る。
特に早くもない通勤時間、電車はどの線でも混んでいる。唯花が乗る路線も、この時間はいつも満員だ。迷惑かもと思いつつも、唯花は、可能な時には出入口のすぐ脇を定位置と決めていた。手すりが近く、何か起こった時にはすぐに外へ出られる方が良いと思って。
四十分ほど揺られて、電車は会社の最寄り駅に到着した。駅から会社までは徒歩五分ほど。ビジネス街の中の、大通り沿いにフジシロホールディングスの本社ビルは建っている。
今日も大勢の人々が、吸い込まれるようにビルに入っていく。唯花もその人波に混ざり、警備員が立つ正面入り口を通った。
一階の右側には総合受付があり、左側は応接用スペースとしていくつものテーブルと椅子が並び、パーテーションで区切られている。中央の吹き抜け部分を抜けた奥には、中層階行きと高層階行きに分かれたエレベーターが三機ずつ並ぶ、エレベーターホールとなっている。唯花が所属する総務課は十階なので、いつも十五階までの中層階専用エレベーターに乗る。