月へとのばす指
「おやおや、さすが藤城くん。大学時代の女たらしは伊達じゃないな」
「からかうな」
短くたしなめると、太田はやや意外そうな表情になった。
「へえマジなんだ? けど、彼女は難しいって聞くぞ」
「何がだよ」
「落とすのが。入社した時から言い寄る男、絶えなかったらしいけど全部断られてるって。聞いた話じゃ、誰とも付き合う気がないらしい」
誰とも付き合う気がない?
「……どういうことだよ」
「そのまんまだよ。断られる時に軒並みそう言われるって。理由はわかんないけどさ」
首をひねりながら、太田は「男で痛い目に遭ったことがあんのかな」と推論を口にした。久樹も同じように思った。
何か、相当にダメージを受けるような、嫌な出来事があったのだろうか。学生時代もおそらく、いろんな男から交際の申し込みはあったに違いない。その中で、付き合った相手に嫌な目に遭わされた──?
「まあ理由はともかく、誰の申し込みも受けないってのは有名なんだよ。普段でも仕事以外の会話はほとんどしないらしいし。さっきみたいな、体調を気遣うような発言、珍しいんじゃないか」
それとももしかしてそんなに親しくなってんのか、と太田は興味ありげに尋ねてきたが、久樹は首を振った。そんな覚えはない。親しくなりたい、と思ってはいるが、実際にそうなるような経緯も出来事も、今のところ何も起きていない。
なのになぜ、さっきの唯花はあんなことを言ってきたのか──単純に、熱のありそうな久樹を気にかけただけなのか。
「……どうなのかな」
「あれ、自信なさげだな。ガールハントじゃ負けなしって言われた藤城くんなのに」
「だから、そういう言い方するな」
万が一、唯花に聞かれてしまったらたまらない。大げさでなく事実であっただけに、なおさら。
大学時代、いやわりと最近まで、女性との付き合いに関しては我ながら、どちらかと言えばいいかげんだったと思う。自慢ではないが声をかけてくる相手には事欠かなかったし、交際だけでなく一夜を求められることも少なからずあった。そしてちょっと気に入った相手なら、誘いに応じる場合が珍しくなかったのだ。
そこに、将来を見据えた真剣な考えは、正直言って無かった。いつでも別れて問題ないように振る舞う方が楽だった。